用語及び定義 Terms and definition(第3章)

ケアラー(3.1 carer)

 個々の子どもの安全について、一時的であれ、責任を果たす人、又は子どもの世話をする人

 例)親、祖父母、子どもに対して限定的な責任を与えられた兄弟姉妹、その他の親戚、知り合い、ベビーシッター、教師、保育士、ユースリーダー、スポーツコーチ、キャンプ指導員、保育所就業者

 この用語はガイド50の最も重要なキーワードの一つとして今回の改正で追加された。その意味はこの定義の中に示されているさまざまな人びとの例から判断できるが、それらの事例をすべてカバーする適当な日本語がないため、カタカナ表記で「ケアラー」と訳している。
 子どもの傷害を防止するためには、子どもの特徴や傷害の危険性を知っている大人に見守られていることが重要であるが、ここに例示してあるような人々はそれぞれの局面で一時的であれ子どもの安全に責任を持っているという認識を持たなければならない。
 しかし序文0.3項 (0.3 Relevance of child safety)にある「子どもを見守ることで、常に大きな傷害を防止または最小限にできるわけではない。したがって、しばしば、追加的な傷害防止の戦略(*)が必要になる。」という記述は安全設計において極めて重要な意味を持つ。

 注)(*) 原文ではadditional injury prevention strategyでありこのように訳しているが、第4章に記載されているような設計段階からの周到な戦略について「追加的な」と表現することは適当とは言えず「別の角度から見て積極的な」と解釈したい。「見守り」はsupervisionの訳語であり、ケアラーが監視しながら危険を予測又は察知したらすぐに手を打つ意味がある。ケアラーが子どものそばにいて注意をしていればかなりの程度傷害を防止することはできる。しかしながら常に手をとっているわけではなく、ケアラーの能力にも限界がある。重大な傷害を予防するためには設計段階からのリスクアセスメントを優先することが極めて重要である。遊具からの転落を見守りで防ぐことは難しいが、転落しても重傷にならないよう地面にマットを敷くなどの方策がある。

子ども (3.2 child)

 14歳未満の人

 「ガイド50」の旧版では「14歳まで」と定義されていたが、今回の改正では他の国際規格(特にISO/TC181など、玩具の規格における子どもの定義)に合わせる形で「14歳未満」となった。「子どもの定義は地域の法令などによって異なる年齢制限を採用する規格もある。」と注記1に書いてあるように、日本で子どもの安全に関わる規格を作成する場合は日本の法令などを考慮することになる。
 日本では、中学卒業(15歳)が一つの節目と考えられ、例えば中学生以下の児童労働は禁止されている。一方、18歳未満は選挙権がない(大人として扱われない)など、法令によって子どもと大人の区別の年齢がさまざまに異なっている。

【参考】
機械安全の規格 ISO 13857 (JIS B 9718) “機械類の安全性―危険区域に上肢及び下肢が到達することを防止するための安全距離” SCOPE では産業界で働く「14歳以上」の人を扱うとしている。

製品 (3.5 product)

 製造物、プロセス、構造物、据付け、サービス、構築された環境、又はこれらのいずれかの組合せ
注記:消費財の場合、包装は製品としての製造物の不可欠な一部

 ここではproducts「製品」は幅広い意味で定義されている。子どもはある「もの」に関わって怪我をするが、その対象となる「もの」は子ども用に作られたものに限らない。子どもの特性から考えて極めて広い範囲の「もの」が子どもの怪我の危険源になり得る。
 注)なお、第1章「適用範囲」にあるようにガイド50では、身体的危害を及ぼすものを対象にしているので、心理的・精神的な影響の可能性がある情報機器などは「製品」の対象にはならないと考えられる。また、自然物である川、池、海などもこの定義から見て除外されると考えられる。但し、そこで遊ぶことを組織として企画し団体行動をとるような場合は、その行事については「サービス」であり、その行事を計画・実行・確認するという「プロセス」についても広い意味での「製品」に入ると考えられる。「サービス」及び「プロセス」が具体的にどのように「製品」として定義されるかについて、まだ議論の余地がある。

【注】
 「製品」の定義に当てはまる具体的な例としては次のようなものがある。

製造物:   乳幼児が使用する浮き輪や子供が飲み込む恐れのあるボタン型電池、玩具(原材料や加工方法
       ・手順などによって有害物質が残留していないかなどの製造過程を含む)。
包装:    洗濯用パック型液体洗剤(ジェルボール)とその容器、医薬品の容器・包装。
プロセス:  プロセスとは、「手順」「過程」などの意味があり、一度限りであれ、またはその都度であれ
組み立てたり、混ぜたり、加熱(冷却)したりするなどの製造過程が、顧客に委ねられている
       場合をいう。具体的には、床板を付け替えるベビーベッド、組み立て式遊具、折り畳み式ベビ
       ーカーなど、プロセスの過程や過程の不具合が、傷害の防止にとって重要な項目となる。
据付け:   ベビーベッドの床板を、子どもがつかまり立ちできるようになる前に低い位置に付け替える。
       チャイルドシートを車に取り付ける。折り畳み式のベビーカーを開く。などの行為は「据付
       け」の一種と考えられ、製品の安全規格において考慮すべき対象となる。
サービス:  一時的に子どもを預かる施設は、「保育」というサービスを提供し、学校は「教育」を提供し
       ている。保育園が実施する川遊び(現場の下見、プログラム・役割分担の作成、当日の状況把
       握・指示、異常事態への対応手順などにおける安全の確保などの準備・運営方法を含む)
       など。
構築された環境:不特定多数の人が利用する公園、建築物の出入口や階段など。また乳幼児のいる部屋の構造
       なども、子どもの傷害の要因を作る可能性がある。
組合せ:   子どもの通うスイミングスクールは、プールという構造物と「コーチ」や「送迎」といった
       サービスの組合せ。
最近注目されているベランダからの転落事故の原因(要因)は一様ではなく、ベランダ(マンション)やそこ
にある製品の様々な要素の組合せに留意する必要がある。
さらに、上記のような製品の提供は有償だけではなく無償のものもあり、製造はもとより消費活動より広い概念となり得る。

危害 (3.3 harm)

  人への傷害若しくは健康障害、又は財産及び環境への損害
  (「ガイド51」 の定義3.1と同じ)

 「ガイド50」では、「傷害」injury、「危害」harm、「ハザード」hazardなどの言葉が多数出てくるのでそれらの関係を理解しておく必要がある。
 序文では子どもの怪我を問題にするこの「ガイド50」で扱う主題として「傷害」という語を使って説明しているが、第3章「用語及び定義」では定義として「危害」を挙げ、リスクの定義でも「危害」の確率とひどさという形で表現してもっぱら「危害」に焦点を当てている。「ガイド51」には「傷害」の記述はなくもっぱら「危害」であり、「ガイド50」と「ガイド51」の整合を考えたときには「危害」とせざるを得ないものと考えられる。以後第4章、5章でも「傷害」より「危害」の語の方がより多く使われている。

 「傷害」と「危害」の使い分けは難しいが、「ガイド50」の下記の記述より、子どもが「ハザード」に遭遇して「傷害」という事象が起こり、結果として身体に「危害」が生ずるという関係にあると思われる。

 
 関連事項
(1)(この「ガイド50」の)構成 (0.5 Structure of this Guide)
 “…this Guide focuses on the relationships between child development and harm from unintentional injury, and provides advice on addressing hazards that children might encounter.” とあり、このガイド50は「意図しない傷害」からくる「危害」に焦点を当てており、また子どもが「ハザード」に遭遇する可能性に対処する方法を提供する。

(2)危害の防止及び低減 (4.4 Preventing and reducing harm)
 4.4.1の記述によれば、「危害は、生命維持に不可欠な酸素の欠乏(溺れ、窒息)、身体へのエネルギー(機械的、熱的、電気的、放射線など)の作用、又は体の抵抗力の限界を超える化学的、生物的物質への曝露、のようなハザードの結果として発生する。」

 【注】
 「ガイド50」JIS Z 8050の参考文献にあるWHOの “World report on child injury prevention(2008)” では上記4.4.1の記述にある「危害 ”harm”」の説明とほとんど同じ文章を “injury” の説明に使っている。「ガイド50」の規格作成の段階で、WHOの解釈と整合させることがどのように検討されていたのかわからないが興味深い。

ハザード (3.4 hazard)

 危害(3.3)の潜在的な源
 (「ガイド51」 の定義3.2と同じ)

 “hazard” は「危害の潜在的な源」「危険源」などの意味であるが、「ガイド51」と合わせて「ハザード」と片仮名表記にしてある。消費者にとってわかり難い言葉であるが、「ガイド51」のJIS解説によれば、「この機会に国際規格で言う“ハザード”について,一般消費者も含めて理解しやすい定義の普及に努める必要があるので,“ハザード”をそ のまま用いることとした。」と説明している。危険に関する用語は日本語の場合あいまいなことが多いのでこの際は規格で定義された言葉を「ハザード」としてはっきりと示すことで消費者にも理解してもらいたいという願いがある。子どもの安全に関する規格の世界では国際規格に適合する正確な定義の表現が求められる。
 なお、自動車には「ハザードランプ」、ゴルフでは「ウォーターハザード」などという語が広く使われているが、ハザードの原意は「(偶然にある)危険なもの」であり、「危険源」と訳すことも可能である。自動車の運転中に「渋滞しています」「ありがとうお先に」という意味にハザードランプを点滅させるなどがあるが慣用の言葉としては問題がある。また、公園遊具の安全基準では「ハザード」が国際規格と異なる使われているのには注意を要する。

リスク (3.6 risk)

  危害(3.3)の発生確率及びその危害の度合いの組合せ
 (「ガイド51」の定義3.9と同じ)

 「リスク」という言葉は本来日本語にはなく、広辞苑では「危険」となっているだけでその本当の意味がわからないまま日常よく使われている。「ガイド50」でも初版1987年のころはriskの意味が厳密には定義されていなかった。1990年「ガイド51」が発行されて以降リスクの概念が明確化され、「ガイド50」の第2版2002年には「リスク」の定義が載せられるようになった。

 「ガイド50」第3版にはリスクの定義が明確に示された他、リスクの評価・見積もりの仕方に特別の注意を払うべきことが書いてある。「4.3リスクアセスメント」の項に「危害の度合い、及び特に発生確率は、客観的に求め、また恣意的で直観的な意思決定ではなく、因果関係を実証した関連事実に基づいていることが望ましい。」と書いてある。例えばある危害に関するリスクの評価において、集まった人たちの中で「そんなことはあり得ない、確率ゼロだ」「そこまで考えたら設計が出来ない」と大声で叫ぶ人がいると、反論する人が少なく、以後のリスク評価段階ではその危害について全く検討の対象から脱落してしまう場合がある。それで何かが起こると「それは想定外」とされる。日本では子どもの傷害データベースが乏しいために、危害の度合い(ひどさ)や確率に関する客観的な資料は得にくいが、重大な傷害について考える場合は冷静によく調査する必要がある。この「ガイド50」の記載条項から子どもの傷害リスクのかたちを理解すると共に、入手できる限りの傷害データを調査することが望まれる。
「リスクアセスメント」については別項キーワードで解説する。

安全 (3.7 safety)

 許容不可能なリスク(3.6)がないこと
 (「ガイド51」 の定義3.14と同じ)

 「不可能なリスクがないこと」という2重否定のような表現は正確とは言えない。英文では “freedom from risk which is not tolerable” であり、原意は「許容不可能なリスクから解放されている状態」である。「リスクから解放されていて安心感を持てる状態」と考えることも出来る。

 日本語で「安全」は「安らかで危険がないこと」とある(広辞苑)。しかし実際には危険があるかないか確認できず、この先危険があるかもしれないあいまいな状態であることもある。危険があるかもしれないということはリスクの予測であり、そのリスクについての正しい判断がなければ安易に「安全」ということはできない。誰かが「安全だ」というと安易にそれに続いてしまって災害に遭うというケースがよくある。従って「安全」という言葉を使うことについては慎重でなければならない。

 「ガイド51」に「4 ”安全”及び”安全な”という用語の使用」Use of the terms “safety” and “safe”という項がある。「安全」と言われると全てのハザードから守られている状態と理解されることがある。全てのものにはある程度のリスクがあり、それが許容可能なレベル以下であるかどうかを証明されていない限り「安全」と呼ぶべきではない。例えば「安全ヘルメット」の代わりに「保護ヘルメット」、「安全床材」の代わりに「滑りにくい床材」のように置き換えることが望ましい。

許容可能なリスク (3.8 tolerable risk)

 現在の社会の価値観に基づいて、与えられた状況下で受け入れられるリスク(3.6)のレベル
 (「ガイド51」 の定義3.15と同じ)
 但しJIS Z 8051には下記の注記がある。
 【注記】この規格において、”受容可能なリスク(acceptable risk)”及び”許容可能なリスク(tolerable risk)”は同義語の場合がある。

 JIS Z 8051の解説によれば、「受容可能なリスクacceptable risk」は「許容可能なリスクtolerable risk」より範囲が狭いが、専門的な知識は抜きにして消費者にわかりやすくという意味で「同義語の場合がある」と記載されている。
 受容できるかどうかということは、人がその立場や環境によってどう受け止めるかという問題であり、慎重に考えなければならない。特に子どもの傷害のリスクの場合、親、親戚、教育機関、行政機関、関連業界など関係者が多岐にわたることに留意する必要がある。

リスクとハザード(hazard)

  (作業中)

誤用・誤使用

  (作業中)