発表資料データ

子どもの安全研究グループが発行した調査報告書、各種調査検討書、画像、データやいろいろな発表会などに参加したときの報告書などがあります。

調査報告書

共同プロジェクト調査報告書 平成21年度
経済産業省の平成21年度「安全知識創造」共同プロジェクトに採択され、1年間をかけて調査研究した報告書です。小兒学会誌のInjury Alertにある事故事例について調査しました。
共創プロジェクト調査報告書 平成22年度
経済産業省の平成22年度「キッズデザイン製品開発支援事業」共創プロジェクトに採択され、平成21年度に続いて小兒学会誌のInjury Alertにある事故事例について調査しました。
基盤整備プロジェクト調査報告書 平成23年度
経済産業省の平成22年度「キッズデザイン製品開発支援事業」共創プロジェクトに採択され、平成21年度、平成22年度に続いて小兒学会誌のInjury Alertにある事故事例について調査しました。

研究会の活動

当会がおこなっている研究のうち、比較的小さなテーマや実験を今後報告していきます。

発表と展示

当会がおこなっている発表や展示について報告する頁です

  • 日本技術士会 CPD中央講座
  • ポスター展示
  • 講演会

浴槽用浮き輪による溺水

「浴槽用浮き輪による溺水」イメージ

はじめに
浴槽用浮き輪により子どもが溺水するという事故について、これまでの経過を見ると危険の要因が技術的に明確化されているとは見えず、実際に傷害事故は再発しています。われわれは子どもが浮き輪に乗って水面に浮かんでいる状態がどういう条件で安定か、どういう条件になると危険な事態になるかについて検討しました。先ず「転覆現象」について考え方をまとめ、次に浮き輪にダミー人形を乗せて浴槽に浮かべる実験により不安定事象を観察し、安定から転覆に至る過程について解析を行いました。
1. できごと
(出典:「浴槽用浮き輪による溺水」 Injury Alert No.4 日本小児科学会誌 2008.5)
発生日時  2006年11月21日 19時頃
発生場所  事故当事者の自宅の浴槽内
事故の概要 浴槽内でパンツ型の浮き輪に座らされて浮かんでいた生後9ヶ月の子どもが、洗髪中だった母親が気づかない3~4分のうちに浮き輪からはずれ、うつ伏せで浴槽に浮かび意識混濁し一時呼吸停止した。
 子どもは病院へ搬送され、医療処置の後に回復し退院した。
2. その後の経緯
上記事例以外にもいくつかの死亡事故があり、国民生活センターで詳細調査が行なわれ、その結果として2007年11月に同センターよりインタネットにより詳細な報告がなされました。(http://www.kokusen.go.jp/kiken/pdf/280dl_kiken.pdf
この報告では、浴槽用浮き輪を使うことの危険性を指摘し、その上で「目を離さないで」という呼びかけを行い、また関連業界に対して安全対策に関する要望がなされています。
 しかしながらその後も浴槽で浮き輪による傷害事故が発生しており、また同種の浮き輪が「浴槽では使わないで下さい」と表示した上で今も販売されています(ネットを“足を入れるタイプの浮き輪”で検索した結果、2018年5月5日)。
3. 研究の取り組み
3.1 リスクアセスメント
a) 危険源
・ 子どもの重心位置が浮き輪の浮力の中心(浮心)より高い位置にあり、また重心は子どもの活発な動きにより移動しやすく、浮力とのバランスがくずれて転覆する危険がある。
・ 一度転覆すると頭部が水没する
b) リスクの大きさ
・浸水時間に大きく依存する(4~6分で不可逆な脳ダメージ)
・最悪は溺死
3.2 リスクの低減策—研究の目的
・ 転覆現象を解析した上で最終的には転覆の危険を最少にするような提案をすることを目的とします。(転覆以外にも浮き輪の損傷などリスクはいろいろありますが、この研究では転覆現象を中心に検討しました。)
3.3 考え方
子どもと浮き輪からなる浮上体は、全体の重力と水面下にある浮き輪に作用する浮力とがバランスして水上で安定していますが、浮力の中心(浮心)に対して重力の中心(重心)が上にあって本来不安定な系です。この浮上体が傾くと、浮き輪の水没している部分の形が変わって浮心の位置が、傾いた方向に移動します。重心の移動より先に浮心が移動すれば傾きに対して反対方向の作用(復元力)が発生し、浮上体は安定します。これは海に浮かぶ船の安定性の原理と同じです。子どもは浮き輪に乗ってゆらゆらゆれることに興味を覚え、やがて自分で動きを更に加えようとすることは容易に想像できます。船と同じように、傾きがある程度以上になると浮心の移動がある限界に達し、もはや復元力は期待できなくなり転覆に至ることが考えられます。安定でいられる条件は何か、どういう状態になると転覆が始まるか、転覆しない方法はあるかどうか、などを確かめることが研究の中心になります。
3.4 実験
3.4.1 子どもと浮き輪の関係
地上で子どもを浮き輪に乗せてその関係を観察しました。浮き輪には下側に二つの穴のある「パンツ型」の支えがあり、子どもは両足をそれぞれの穴に入れて浮き輪と一体化します。子どもはじっとしていないので子どもと浮き輪の位置関係は変わります。子どもが腕を突っ張れば子どもの重心は浮き輪より上に行きます。体を前後左右に揺らせば浮き輪に対して重心位置は多様に変化することがわかります。

「浴槽用浮き輪を装着した6ヶ月児(4枚)」イメージ

3.4.2 浮上実験
インタネットなどで数種類の浮き輪を手に入れ、ダミー人形(6か月児相当、自動車衝突などの実験に使われるもの)を使って浴槽に浮かべる実験を行いました。浮かべるとゆらゆらして結構安定感はあります。少しくらい傾けてもきちんと戻り、復元力が働くことはわかります。次に子どもが前のめりに乗り出すことを想定してダミー人形を浮き輪の前方へずらせてみると、ある角度で傾いた状態で安定します。さらに前方へずらすと傾いた状態から手を放すと突然動きだし、あっという間に転覆してしまいました。想定どおりある限界角度(およそ30度)を超えると復元力が失われて転覆することが観察できました。なお、転覆動作の最後にはパンツ型の穴にダミーの足が入ったまま「逆さ宙吊り」状態になって止まること、またこの状態になるまでにわずか2秒程度しかかかりませんでした。この様子はビデオで撮影し、分解写真として観察しました。

「ダミーによる浮上実験(6枚)」イメージ

別のタイプの浮き輪でもほとんど同じような転覆→急速転回→逆さ宙吊りの過程を見ることができました。
3.5 解析
自然転覆が始まる限界角度とはどんなものか、それを決める浮心の移動とはどのようなものか、についていろいろな手法で解析を行いました。
a) ある体重の子どもがある形の浮き輪に乗って浮かんでいる状態を、直方体のモデルで表してその傾き角度と浮心移動の関係を幾何学的に計算で求める方法。
b) ダミー人形を浮き輪に乗せた状態を、実験で使用したものの測定から図形に表し、ある角度に傾けた状態を画像解析法により水平にスライスして薄いスライス片を作り、その重心を2次元画像解析で求め、最後にそのスライスを重ねて3次元の重心を求める、画像解析法。
c) 浮き輪の形状を立体的に数式化し、積分計算式により、任意の傾き角度について重心・浮心の位置を計算する方法。

「重心位置と浮力イラスト」img203.jpg

 a)の方法では2次元の幾何学的モデルから単純な計算ができる特徴があります。
  一部を下記に紹介します。(論文からの抜粋なので図番はもとのままになっています。)
・子どもモデル
 実験に使用したダミー(6ヶ月児)と別入手データから2歳児モデルを想定しました。子どもの水面から上の部分の体重(有効体重)が重要であり計算に入れました。
・浮き輪/子どもの静的安定関係のモデル化
  下図の座標位置を基に浮心位置を求め体重の移動に伴う準静的安定式を作成しました。
 * 安定状態では子どもの重心位置と浮き輪の浮心位置が同一鉛直線上に有る
 * 子どもの体重と浮力の大きさは等しい

「計算モデルの座標位置」イメージ

・浮き輪での子どもの重心移動と浮き輪角度
 浮き輪に乗った子供が動いて重心位置が移動した時の浮き輪回転角度を模式的に示します。
(本図は子供の体重=浮き輪の全浮力の1/2(R=1/2)であるケースです)
 Xは重心又は浮心の移動距離(転覆限界までは重心移動と浮心移動は同じ)

「図H-3 重心位置移動と回転角」img205.gif

上記のように、浮上体の傾きと共に浮心位置は移動するものの、その移動距離はある限界に達して逆転します。重心の水平距離はなお移動を続ける結果、重心は浮心より遠くに移動するため復元力が消失して自然に転覆することがわかります。この解析では直方体の形を変えることで限界角度を変えることができることもわかりました。より安全な設計を検討する場合に役に立ちます。

b)の方法では数式計算ではなく、図形処理ソフトを活用して近似的に浮心の移動現象を求めるものです。ダミーと浮き輪を詳細に図形化した上で、ダミーの重量で浮き輪がある量沈んだ状態である角度だけ傾いているとし、その時浮き輪が水中にある部分を図形上で浮き輪に平行な面でスライスします。各スライス毎の重心を2次元図形で求め、それらのスライスを重ね合わせると3次元の重心(浮心)位置が求められます。角度を変えてその都度同じ計算を繰り返すことで浮心の移動現象を求めることができます。
 詳細説明は省略しますが、代表的な図を下記に表示します。
この方法でも傾きに伴う浮心の移動をフォローして移動限界があることがわかります。

「図T-8 ドーナッツ型浮き輪とダミーの転覆限界」img207.jpg
「図T-4 傾き10°時の浮心」img208.jpg
「図T-7 浮心中心距離と浮き輪の傾き」img209.jpg
付図T-7 浮心中心距離と浮き輪の傾き

c)の方法では、浮き輪の形状を3次元のまま積分法により解析します。
複雑な計算になりますが、式で使用したパラメータは自由に変化させることができるので、様々な形の浮き輪について、また大きさの異なる子ども、その位置関係など、いろいろなケースについて解析ができる特徴があります。今後の安全設計において応用範囲が広いと思われます。
*環状浮き輪の例
「ドーナッツ型浮き輪の例」img230.jpg
① 傾いた浮き輪の浮力
傾きδ、水没深さh0の浮き輪の浮力を求める。浮き輪の断面は中心から円周方向の角度により水没面積が異なるので、微小角ごとに水中の体積を求め総和を求める。
δ: 浮き輪の傾き
h0:浮き輪中心での水没深さ
La:浮き輪底面が水面と交差する線と浮き輪中心との距離

【浮き輪の中心軸を基準】
x、R、φ:
【浮き輪の断面を基準】
θ
【水面を基準】
h、w

「計算1」img250.jpg

弓形の面積Sは、次式であるから φの関数で表わせる
「計算1」img251.gif

・・・・(以下省略)

「中心浮心間距離と浮き輪の傾き」img231.jpg

 この図は前のa)、b)のケースと比べて縦軸と横軸の関係位置が逆になっていますが、浮き輪の傾きによる浮心移動には限界があることは同じようにわかります。

3.6 結論
以上実験による現象の観察とそれをふまえた解析結果により、子どもが浮き輪に乗って浮かんでいる浮上体について、安定である浮き輪の傾きにはある限界があり、その限界角度を超えた状態では安定は維持できず、自然に転覆が始まることがわかります。転覆限界を超えると浮心移動は急速に逆方向に向かい転覆を加速します。計算では90度を超えてからの解析はしてありませんが、ここからは浮き輪が反転して更に浮心は逆方向に向かいます。浴槽用浮き輪のパンツ型部分に子どもの足が挟まっている状態では逆さ宙吊り状態に向かって急速に回転してしまうことになります。
子どもが浮き輪の上でどういう動きをするかは詳細見ておりませんが、水上で楽しく遊ぶ子どもの行動から想像すると、簡単に限界角度を超えてしまうことは容易に推定できます。浮き輪が十分大きい場合や子どもの重心が相当に低い場合は限界角度が大きくなって、安定の方向ですが、それでも転覆限界は存在します。浴槽で利用する場合は浮き輪の大きさは限定され、また子どもが浮き輪に乗っている状態では重心位置を下げるにも限界があるのでこの種の浮き輪は本質的に「転覆→急速回転→逆さ宙吊り」の危険源となることがわかります。
4.今後の課題
2006年の事故の後「絶対目を離さないで!」キャンペーンなどが行なわれ、ある程度その危険性については市民の理解が進んでいると思われますが、現実には今でも浮き輪はネット販売などで購入できます。安全な玩具を示すSTマークも付いています。「浴槽では使わないで下さい」との表示はありますが、実際どのように危険なのかは明確にはわからず、実際には浴槽でも使えるので便利さのため今でも使われているのではないかと思われます。
安全の問題はリスクアセスメントからスタートして危険源を十分にたしかめた上で、第一に「本質安全設計」をすること、それが難しい場合は第二として「危険に至らない防護策」を講じること、それでも困難な場合に第三の方法として「危険表示」をする、この順序を間違えてはいけない、という原則があります(ISO/IEC Guide 51など)。
浴槽用浮き輪の問題ではこの第一の部分の検討が不明確なままほとんど第三の方法に頼っていると思われます。浴槽用浮き輪に限らず、水の上で子どもが遊ぶ道具など、「浮上体の安全」についての考え方はまだ明らかになっていないと思われます。わたしたちはこの第一の「本質安全設計」をこれからめざしていきたいと思います。

本研究により、浮き輪と子どもの系において本質的危険源の考え方を明らかにすることができましたので、この成果を設計、製造、流通関係者、使用者、管理者、行政関係者などに広く伝えることにより、本質安全方策を優先に危険防止につなげて行くよう様々な場で提言していきたいと思います。その上で安全規格の策定につながる提案をしていきたいと思います。海外では浮き輪も含めて子どもの安全については厳しい規格・規制があります。それらについても研究していきたいと思います。

ベビーベッドの転落事故

「ベビーベッドの転落事故」イメージ

はじめに
ベビーベッドは多くの家庭で乳児から幼児時代に使用されています。このベビーベッドから幼児が転落する事故がいまもあとを絶ちません。この問題を工学的な配慮で防止する方策について調査研究しました。
私どもの調査研究は発生した事故にかかわった特定の個人や団体あるいは組織を非難することを目的としておりません。
1.事故の概要

  

出典:日本小児科学会誌Injury Alert(障害注意速報)112:1732 No.8  

(1) 発生日時:2008年6月9日午前9時15分頃
(2) 発生場所:自宅の和室(畳床)
(3) 発生時の状況:
ベビーベッドの中に入れていた生後11ヶ月の男児がベビーベッドの前枠上枠を乗り越えて畳の床面に転落し、前額部を打撲する事故が発生しました。ベビーベッドは前枠が開閉式で事故発生時には前枠は閉められていました。
2.どうしたらこの事故の再発防止ができるか
(1) 事故が発生したベビーベッドの調査
ベビーベッドは開閉式上さん上端の高さが床板面から46.5 cmであり、専用形ベッドでなくサークル兼用形ベッドでした。
専用形ベッドの場合は上さん上端の高さは床板面の上60 cm以上と規定されている一方、兼用形ベッドの場合には上さん上端の高さは床板面上35 cm以上と規定されています。(JIS S1103:20144)、SG基準CPSA 0023:20145)。)そして幼児がつかまり立ちできるようになった場合は床面をとり外して使用するよう使用方法を使用上の情報として提供するよう規定されています。
販売されている一般的なベビーベッドは床板の位置を上段、中段、上段の3段階に調整するタイプであり、事故が発生したサークル兼用形ベッドも同様でした。SG基準は幼児用ベッドの構造物には床面から30 cm以内の高さに幼児が足を掛けられるような横さん等があってはならないとしていますがこの要求はJISにはありません。本件のベビーベッドには床板面から11.5 cmの高さに横さんがありました。幼児は30cm程度であれば簡単に足をかけますし6)、厚めのマットレスを床板に置くとさらに危険性は増します。
事故の状況から、つかまり立ちできるようになっていた幼児はこの横さんに足を掛けてベビーベッドの外を覗いているうちに上さん上部を乗り越えて転落したと推定されます。
サークル兼用型

 

  

(1歳0ヶ月)の重心高さを求めてみます。
身長78cm(90percentile)
胴体 A-14:60cm、
身長 A-2:78cm
頭部 C-2:13.5cm
肩峰高A-3:57cm

重心位置は(  )mm高さと推定されるので、幼児の重心は柵の上縁より(   )mm高いところにあり、幼児が柵の上から顔を出して下方を覗き込めば頭の一番高いところは柵の上縁より(  )mm高いところに飛び出しているため、容易に柵を乗り越えて床面(この場合は畳面)に落下し、頭部を打撲する恐れが十分あると考えられます。

足かけ転落

(2) 事故の解析
本件には危険源が3つあります。
1. サークル兼用形であるので前枠が2段に分割され、前枠を開いているときに46.5 cmと低いこと。(専用ベッドの場合本来60 cm以上あるべきと規定されている。JIS S1103、SG規格 ほか。)
2. 開閉式前さんの中折れ部が横さんとなり、前枠を閉じていても床板面から11.5 cmに幼児の足掛けになりうる横さんとして存在したこと。
3. 幼児がつかまり立ちできるようになったら前枠の高さを床板から60 cm程度になるよう床面を下げる、または取り外して使用マニュアルどおりに調整することが遅れる、あるいは調整しないこと。
乳幼児の発達は著しく、朝から晩までつかまり立ちの練習をしているのと同然であり突然つかまり立ちできる様になったら、ベビーベッドを乗り越えて転落の危険源となります。

3.安全への取り組み

実際に家具店等での流通状況を調べたところ、ベビーベッド売り場に陳列されているベッドのおよそ半数は兼用ベッドとして売られ、価格も専用ベッドに比べてかなり低く設定されていました。専用ベッドは側面開放柵の高さが60 cm以上と高いので、幼少の間は幼児の取り扱い勝手がやや悪いという欠点があるので、幼児の発達段階に応じて床板面の高さを調節できるようになっているケースが多いのです。幼児の発達段階に応じて床板面の高さを適切に調節しないと兼用形と同様な危険源となりえます。

4.まとめ

横さんが途中にある構造のベビーベッドは使用を避けるべきです。既に生産されたものについては危険であるので、事故防止の観点から流通段階で廃棄することが望ましいと考えます。
ベビーベッドの使用期間は生後12ヶ月と想定されていますが、身体能力の発達の早い幼児ではそれ以前でもつかまり立ちをして柵の乗り越えをしてしまう児が出ないとも限りませんので、足がかりとなる横さんがあるサークル兼用ベッドの使用は極力避けるべきです。
JIS規格、SG基準は2014年に改定されましたが、転落の事故を招くサークル兼用形ベッドの横さんの高さが35 cm以上と旧規格から改訂されていません。この規格の適否も至急検討して頂きたいものです。
今後は更に海外の規格類の状況を調査し、国内ベッドメーカー団体や学協会と協同で本質的に安全な乳幼児用ベッドの規格を案出して行きたいと計画しています。

1) 日本小児科学会誌Injury Alert(障害注意速報)112:1732 No.8   http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0007.pdf
2)JIS S1103:2014、木製ベビーベッド、日本規格協会
3)乳幼児ベッドのSG基準、CPSA 0023:2014、一般財団法人 製品安全協会
4)持丸正明、他、子ども計測ハンドブック、p27、朝倉書店、2013

マニュキュア除光液蒸気吸引による急性中毒

「マニュキュア除光液による中毒」イメージ
1. できごと
出典 1) 「幼児のマニキュア除光液による中毒」Injury Alert No.8 日本小児科学会雑誌
   2) 大島ら、臨床小児医学 53巻 5・6合併号 99-101(2005年)
1) 平成18年8月27日、札幌市の自宅
2) 自宅の8畳間で、母親が除光液で手足20本の爪からマニキュア落としをした際、そばの床に寝ていた生後2か月の男児がアセトン中毒になりました。マニキュア除去後に除光液臭が充満していることに母親は気づいていましたが換気はしませんでした。その後男児は嘔吐をくりかえし、その後の発生の約20時間後に入院し、経過良好で4日後に退院しました。
3) 「どうしたらこの事故の再発防止ができるか」の検討を 2.以降に記述します。
2. これまでの検討結果
2.1 事故の解析
1) 危険源:室内に充満したアセトン蒸気(を乳児が吸引する)
2) 多くの母親が塗料・接着剤などのシンナー、油絵具などの有機溶剤が、
   ①健康によくないことを知っている、
   ②気分が悪くなる、
   ③臭いを嫌う、
ことにより部屋を換気することで自分と乳児の中毒の危険を未然に防止しています。しかし、換気しなかったこの事例に対して「不注意な母親」とか「換気するのが常識でしょう」と非難することではこの事故を防止できません。
2.2 危険源であるアセトンの危険性の調査
1) 労働安全法規:
①労働安全衛生法 有機溶剤中毒予防規則では第2種有機溶剤に定められ、作業場の換気装置などが義務づけられています、
②日本産業衛生学会の許容濃度勧告値は200ppmです。(比較例:トルエン100ppm、エタノール1000ppm)
2) 化粧品としての規制:なし
2.3 市販除光液の調査
  
1) 除光液成分分析:除光液は他の化粧品と同じく、超高級品から100円ショップ商品まで様々な価格帯の商品がありますが、商品ラベルによればほとんどの商品がアセトン-水系です。前述の事例で事故をおこした商品を含み5商品を分析した結果、アセトン含量は63~84%であり、ブランド、価格によるアセトン含量に大きな差はありませんでした。
2) ノンアセトン商品の評価:酢酸エチルを有効成分とした商品も市販されていますが、安全性データの比較では、酢酸エチルはアセトンより危害性が低いとはいえません。
2.4 除光液の使用量の測定
1) 52人のパネラー(協力者)により一定の手順でマニキュア落としを各3回(1回に指10本)実施し、使用した除光液重量を測定して、失念したデータを除いて計149の使用量データが得られました。その結果、平均値12.2g/回、中央値11.5g/回であり、6.5g/回~19.5g/回の間に80%のデータが入ることが判明しました。そのグラフを次に示します。
除光液使用量のグラフ 2) 密閉した8畳間で使用した除光液がすべて蒸発したときの室内のアセトン蒸気の平均濃度(計算値)は、使用量が中央値11.5gのときは163ppmであり、使用量の上位29% が上記許容濃度勧告値200ppm 以上でした。許容濃度勧告値と乳児が中毒するアセトン蒸気濃度との関連は不明ですが、アセトン蒸気の密度は空気の約2倍であり、アセトン蒸気は床面近くに滞留して平均濃度より高い濃度となるので「危険である可能性は無視できない」と推定されます。
2.5 商品の危害性と注意事項の表示
1) アメリカの動き:アメリカ製の除光液には「Danger: harmful if taken internally. Keep out of reach of children」などの注意事項を表示しています。
2) 日本の動き:現在は日本製の除光液にはアメリカ製の商品のような中毒防止の表示はありません。日本化粧品工業連合会の「コスメチックレポート」No.200 2011/秋・冬 p20では下記のレポートを記載して会員に注意喚起をしております。

化粧品工業連合会の記事 また日本化粧品工業連合会のホームページ
化粧品工業連合会のホームページ
にもアップされています。
3) 他の市販家庭用品では、スプレー缶、消臭・除菌用商品には「吸い込まない」、「換気」の注意やマークを表示しています。化粧品の除光液についても「吸い込まない」、「換気」への注意や警告の表示が必要であると私たちは考えます。

2.6 アセトンの蒸発の少ないジェルリムーバー
ジェル状の除光液があります。ジェル状のリムーバーを爪に塗って約10秒後に水で洗い落とすことでアセトン蒸気の発生量をすくなくすることができます。通販で市販されていますが、グラム単価が約40倍ですので解決にはなりにくいと考えます。
3. 今後の検討項目
1) マニキュア落とし時のアセトン蒸気濃度の実測:乳児が寝ていた床上ではアセトン蒸気濃度は上記の数~数十倍になることが予想されます。
2) 危害予防策の検討:本質安全・防護による安全・使用上の情報の3ステップにより検討します。企業の場合は社内訓練・職場実践のPDCA実施により防護策の徹底が可能ですが、家庭用品の使用場面では危害予防策が有効に機能するための工夫が必要です。
4. Follow-up報告
ここに述べた報告が、日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会にて取り上げられて、
InjuryAlert(傷害注意速報)Follow-up報告 No.2
に掲載されました。
 

流水プールでの吸い込まれ事故

はじめに
水泳プールによる吸い込まれ事故は2006年の埼玉県ふじみ野市の流水プールの事故が良く知られていますが、学校プールにおいて過去40年間に56名の死亡(月刊体育施設調べ2007)、平成22年も温泉施設やクアハウスで事故(居合わせた救命救急士と医師により救助された)が発生しています。
学校の水泳プールの主な事故は

  • 飛び込み時の事故
  • 吸水口への吸い込まれ事故
  • 消毒剤による事故

です。子ども安全研究グループは吸水口への吸い込まれ事故を、2006年の埼玉県で発生した流水プールにおける女児死亡事故事例を検証することを通じて、既存のプールあるいは新設のプールに工学的な配慮で防止する方策について調査研究しました。

私達の調査研究は発生した事故にかかわった特定の個人や団体あるいは組織を非難することを目的としておりません。

1.事故の概要
(1) 発生日時:2006年7月31日 午後1時40分頃
(2) 発生場所:埼玉県ふじみ野市大井武蔵野1393番1 市営大井プール

(3) 事故発生時の状況:


大井プール全景
市営の流水プールで遊泳中の小学2年生(7歳)の女児が吸水配管に頭から吸い込まれて死亡しました。プールは、水深1.0m、幅5.0m、外周長121.6m、水面積538.25m2の大きさで、10m3/分(毎分10立方メートル)の容量のポンプ3台が流れを起こしています。流水プール外周壁面の3箇所に「取水ます」があり、取水ますのプール側開口部(以下、取水ます開口部という)には防護柵が設置されていました。
プール全景写真(管理棟2階から撮影、2010-5-28)を右図に示します。左側面の灰色のオーニングを掛けられているあたりに吸い込まれ事故が発生した取水ますと起流ポンプピットがあります。

(4) 事故の経過:
1) 夏休みの7月31日、ふじみ野市市営大井プールは、プール管理委託を孫受けしていたビル管理会社の社員である現場責任者と13人のアルバイトの監視員の監視のなかで営業していました。
2) 午後1時30分頃、小学3年生の男児が防護柵の1枚が外れているのを水中で発見し、近くの監視台にいた監視員に防護柵を渡しました。監視員は防護柵を監視台に立て掛け、管理棟2階の監視室を経由して事務室に連絡しました。連絡を受けた現場責任者が別の監視員と現場に到着しました。現場責任者は、取水ますに近づかないように遊泳者に呼びかけることを監視員2人に指示し、修理道具を事務室へ取りに戻りました。
3) 午後1時40分頃、母親と2人の兄と同級生でプールに遊びにきていた所沢市在住の小学2年生の女児が取水ますに近づいたのに気が付いた監視員が警告しましたが、女児は取水ますに吸込まれてしまいました。
(4) 取水ますは:
高さ600mm、横幅1200mm、奥行200mmの大きさで、2枚のステンレス製防護柵が取り付けられていましたが、事故直前に1枚が何らかの原因で外れ、監視員が注意を呼び掛けていました。
(5) 救急への通報:
午後1時50分頃、「女児が吸水口に挟まれている」との市営大井プールからの通報を受けた消防隊員らは現場に急行しましたが女児はすでに吸水配管内に吸い込まれていました。プールの水を抜き、重機を使って吸水配管を掘り出して女児は事故発生から約6時間後に取水ますから数m奥の口径300mmの配管湾曲部で見つかり、病院へ搬送されましたが死亡が確認されました。
(6) 死因:
頭蓋底骨折,脳幹損傷等による脳幹損傷の傷害で、死亡に至ったものです。
(以上は、ふじみ野市調査報告書と裁判の判決文によります。)

「吸水口とポンプ配管概要図」img606.jpg

     吸水口と起流ポンプ配管概要図
2.プールで吸い込まれるリスク
プールにはプール水を消毒して衛生状態を保つための循環ろ過設備用のポンプがあります。循環ポンプへの吸水は口径100mmから150mm程度の配管を使用しています。この取水ますは、プール底面や側面にあります。過去40年間に発生した吸い込まれ事故の多くはこの循環ろ過設備の取水ますと吸水配管の周囲で起きています。
流れるプールには、循環ろ過設備用のポンプのほかにプール水に流れを生じさせるための起流ポンプという大型のポンプ設備があります。ふじみ野市の流水プールでは10m3/m(毎分10立方メートル)の能力のポンプが3組設置されています。
プールの吸い込みリスクには次の様なものがあります。
  • ポンプの吸い込み力により取水口付近に流れ寄せられる。
  • 吸水配管口の近くでは数kgfから20kgfで吸い寄せられる。
  • 吸水配管口が人体の一部(手、足、背中、腹部など)で塞がれると吸引力は急激に大きくなる。その力は100kgf、あるいはそれ以上に達する。
  • 吸水配管口径が300mmの流水プールでは子どもの身体全体が吸い込まれる危険性がある。(ふじみ野市大井プールの事故事例)

注記:kgf(キログラム重(じゅう))は質量1kgの物体にかかる重力の大きさのことです。1kgf=9.80665N(ニュートン)。国際単位系(SI)に従えばニュートン表記になりますが、kgfが感覚的にとらえやすいので本稿ではkgfを使用しました。

3.事故の起こった「吸い込みます」
吸い込みますは、横1.2m、縦0.6m、奥行き0.2mで、中央に口径約300mmの吸水配管口が約60°の角度で取り付けられています。プールの水深は約1mです。吸い込みますはステンレススチール製(以下SUSと呼びます)です。なお流水プール自体もSUSです。
吸い込みますには0.6m四方の防護柵が取り付けられていました。防護柵の構造は25x25x3mmのSUS製L字アングルを上下の枠に、25x3mmの板材(フラットバー)を左右の枠に使用し、枠の内側に16mm径のSUSパイプが溶接されています。
防護柵は吸い込みますに溶接されている棚板受け(幅80mmもしくは160mm、高さ25mm、厚み3mm)にM5のビス4本で取り付けます。

「取水ますの外観」img607.jpg

     事故の起こった取水ますの外観

「防護柵」img608.jpg

取水ますに2枚の防護柵を取り付けた状態、事故時には左側の防護柵が外れていた
3.外れていた防護柵
事故発生直前にプール水底に落ちていた防護柵を遊泳中の男児が拾いプールサイドのプール監視員に渡しました。受け取った監視員は管理棟2階の監視室に連絡、監視室から1階の事務所へ連絡、事務所から管理責任者がプールサイドに来てその柵が吸水口の防護柵でありので取り付けるために柵を取り付けるための「針金」を取りに管理棟に戻った時に事故は発生しています。このあたりのいきさつはふじみ野市大井プール事故調査報告書、平成18年9月、ふじみ野市大井プール事故調査委員会、ページ30に述べられています。
3.1 防護柵は針金で取り付けられていた
事故の起きた吸水ます(横1.2m、高0.6m、奥行き0.2m)には2枚の防護柵が取り付けられていました。それぞれの防護柵は4隅を吸水ますの棚板受けにM5にビスでネジ止めする構造です。事故の発生時には向かって左側の防護柵が外れていました。さいたま地裁の判決文では7年前から針金を使用していたとあります。左側防護柵の4箇所すべてが針金止めであったか、4箇所のうち何カ所かが針金で何カ所かがビス止めであったかどうか判決文およびふじみ野市事故調査報告書からは読み取れません。また針金を使用するようになった経緯も判決文およびふじみ野市事故調査報告書にはありません。
3.2 なぜ針金が使用されたか

ふじみ野市大井プールの現地にて

  • 取水ますの構造、寸法
  • 棚板受けとネジ穴の状態
  • 防護柵(当該防護柵を含む全6枚の防護柵)の構造、寸法、状態
  • 取付ビス(SUS M5)4本の状態

を調査しました。
吸水ますと棚板受けは大井プールの側壁にあり、保存状態は良好でした。
防護柵(6枚)と取付ビス(4本)は事故後警察に留置されていましたが2011年8月にふじみ野市に返還されましたのでそれを調査しました。防護柵はSUSで状態はしっかりしています。返還された4本の取付ビスは、4本まとめてプラスチックス袋に収納されており、1本ずつ識別されていませんでした。どの取水ます、防護柵のどのネジ位置に使用されていたものかは不明です。

調査で判明したことは次の通りです(概要)。

  • 防護柵を棚板に取り付けるビス通し穴加工は現地施工である。
  • 棚板受け(SUS 3mm厚)の穴開けとタップ切りは現地加工である
  • 防護柵(当該防護柵を含む全6枚)のビス通し穴位置はバラバラで防護柵の互換性は無い。
  • 棚板受けのネジは24箇所中17箇所にネジの潰れ、穴の損傷がある。
  • 残り7箇所のネジも相当傷んでおり、不完全ネジである。
  • 防護柵の貫通ネジ穴位置と棚板ネジ穴位置にミリ単位であるがズレているのでネジ止めが出来ない箇所が24箇所中8箇所ある。
  • 返還された4本のM5ビスはいずれも不完全ネジである。
  • 棚板受けのネジ(タップ)が不完全ネジである。
  • 防護柵のビス通し穴の大きさはM5ネジに対して5.0mm、4.9mmあるいは4.7mm穴と小さいものが6箇所ある。
  • 防護柵の外形寸法と吸水ますの内寸の差は1mm、2mmと余裕がない。
  • そのため吸水ますに防護柵をはめるのに相当な力を要する(3台の防護柵)。
事故発生当時(2006年7月)と現地調査の時点(2011年9月)においてプール側壁の土圧などにより多少の歪みが生じる可能性はありますが、防護柵外寸と取水ます内寸の違いが少ない事、取水ますは鉄製フレームと一体であることからあまり大きな歪みは無かったと考えられます。従って事故発生当時と現地調査時の状況には判断に違いが生じるほどの違いは無いと思えます。
当該防護柵は取水ますに針金を使って(判決文より)取水ますに取り付けてありましたが、4箇所のうちビス止め箇所があったかどうかは明らかではありません。ビス止めされていたとしても、棚板受けのビス穴タップの不完全ネジ、ビスの不完全ネジの状況から、ビス止めしたビスがあったとしても抜けやすい状況であったろうと推測します。
3.3 裏付ける写真と資料

「取付ビスの状況」img609.jpg

     取付ビス、警察から返還された4本のうちの1本の外観

「棚板受けのビス孔の状況」img610.jpg

棚板受けのビス孔の状況、ビス孔が鉄製で塞がれ1mmの貫通孔(左)、ネジ山が無い(右)

 

4 技術的に防ぐことは出来なかったのか
大井プールの防護柵取付は針金であり一部にビスが使用されていた可能性もあることを述べましたが、設計はネジで防護柵の4隅をビス止めすることになっていました。つづいて設計と施工について検討します。
4.1 設計の問題
  • 図面ではタッピングビスが指定されています。タッピングビスは薄板鋼板やFRP等に使用されますが、タッピングビスはSUS3mm厚の棚板受けにタップを立てることができませんので本プールの取水ますでは使えません。
  • 防護柵図面のビス孔位置はφ16mmのパイプと重なり穴開け出来ません。
  • 取付ビスのサイズを指定していません。
4.2 施工時の問題

取水ますと防護柵について見分したところ次の事項が明らかになりました。

  • 図面通りの施工ではありませんでした。
  • 防護柵の取付穴開け加工を現場でおこないましたので、穴位置がそれぞれの防護柵で違っています。そのため防護柵を取り付ける時の互換性がありません。
  • どの防護柵をどの取水ますの左側あるいは右側に取り付けるのかの標識がありません。間違った組合せで防護柵を取り付けるとネジ穴が合いません。
  • M5ビスに対して4.7mmから5.0mmの通し穴は屋外プールの施工では小さすぎます。無理にねじ込むとビスのネジ山が壊れる(不完全ネジといいます)、棚板受けのタップが壊れるなどの不具合が生じます。

図面通りに施工できないならば設計(施主)との協議をしたのでしょうか。

4.3 防護柵一枚に頼る危険の認識
最も重要なことは、起流ポンプへの吸い込まれリスクを認識していないことです。防護柵の一枚が外れると人命にかかわる危険が生じることを認識していません。このプールの消毒用循環ポンプの取水ますは、事故の起こった起流ポンプ吸水ますの上流約30mにありますが、その取水ますはSUSの蓋に多数の丸穴があり、吸水配管口には防護金具が付く二重構造になっています。吸い込み流量の大きい起流ポンプの吸い込みますにはなぜ消毒用循環ポンプの取水ますにある防護金具を設備しなかったのでしょうか。危険だとの認識が無かったといえます。

消毒用循環ポンプ吸水ます、SUSの穴あき蓋(右側)と吸い込み防止金具(中央)がある
5 吸い込まれる力
ポンプに吸い込まれる力を株式会社荏原製作所の御協力で測定しました。
5.1 実験装置

水泳プールを模した水槽に吸水配管口径150mmを取付け、流速3m/sの能力を有するポンプで水を循環させて吸水配管口にダミー物体が接近したときの吸引力、圧力、流速、ポンプ回転数を計測しました。ダミー物体は、

  • 直径180mm、厚さ20mmのSUS製円盤
  • 直径100mm、厚さ20mmのSUS製円盤
  • 7歳児の1/2の簡易モデル

です。吸引力はロードセルで計測しました。

「実験用水槽」img612.jpg

実験用模擬水槽 吸水管口径 150mm、流量 3m/s

「実験用ダミー物体」img615.jpg

実験用ダミー物体、180mmSUS円盤と1/2モデル 7歳女児

 

5.2 解析
実験により多くのデータが得られました。下図は150mm吸水配管口に3種のダミー物体(直径180mm厚さ20mmの円盤、直径100mm厚さ20mmの円盤、7歳児の1/2簡易モデル)を接近させたときの吸引力を図示したものです。吸水配管口から100mmに近づいた所から徐々に吸引力が発生し、20mmの距離では(60kgf、9gkf、25kgf)の吸引力でした。
この力は大変大きな力です。いったん吸い付かれると自力では脱出出来ません。

「150mm吸水管口における吸引力」img615.gif

150mm吸水管口における吸引力

 

6 プールの安全標準指針(文部科学省、国土交通省)
安全標準指針では、既存のプールに対しても、防護柵と保護金具の二重構造にすることを定め、取付金具(ビス、ボルトナットなど)をプールの営業開始前、毎日のプール利用前後、定時に点検するように要求しています。
すなわち防護柵によるリスク低減とその防護柵をメインテナンスすることによるプールの安全方策を許容しています。
防護柵(蓋とも言います)はビス、ボルトが緩んでも防護柵が外れないこと、保護金具に吸い寄せられても吸い付けられず自力で脱出できること、のような具体策があれば現場は対処しやすくなるのでは無いでしょうか。
また、新設のプールでは構造上吸い込み・吸い付き事故発生のない施設にせよと指針として示して頂きたいものです。(指針の2-2項、解説(2)のただし書き「構造上吸い込み・吸い付き事故発生のない施設」参照)
7 本質安全設計
プールの設備にはポンプが欠かせません。流水プールの起流ポンプ、消毒用循環ポンプあるいはウォータスライドの循環ポンプなどの吸水口には吸い込まれの危険源があります。この危険は、人体の一部が吸水口を塞ぐと吸い込まれの吸引力が急激に大きくなります。リスクの低減には、本質安全設計、防護による安全、非常停止押しボタンなどの付加の保護方策、使用上の情報があります。
二重構造のうち、防護柵は吸い寄せられないための距離を維持するための安全策(これを隔離による安全といいます)であり、保護金具は吸い付かれたときに捕捉されないための安全策です。捕捉されないための安全策を確実なもの、すなわち本質安全設計にすることが必要です。
8 今後の研究
(1) プールの安全は子どもの生命に直結していることを重視して、工学的視点から安全を検証するべきものです。私たちはプールの設置に関しては行政機関の認可事項とし、然るべき資格者による審査を行なうよう提言いたします。
(2) 「プール安全標準指針」を分かり易く補足改定してプールの所有者、管理者あるいは設計者に周知徹底を図って頂きたいと希望いたします。
(3) 本質的な安全設計および十分に吟味された防護による安全方策が、今後新設されるプール全てに適用するべきと考えています。すでに使用中のプールについても出来るだけ早期にきちんと安全に関する妥当性が評価された本質的安全方策と十分に吟味された防護による安全方策が実施されるよう改修がされるべきと考えます。
(4) 水泳(遊泳、温浴などを含む)プールに潜む危険源のうち、吸排水口に吸い込まれる事故は工学的な方法でリスク低減が可能です。ビス/ボルトの増し締めを人間のメインテナンスに依存する、監視員に依存するなどは採用すべきではないと考えています。このことを実現する工学的解決案をこれからも研究し公表したいと考えています。
(5) 対象となるプールは、流水プールのみならず、遊泳プール、ウォータスライダ、クアハウスなど消毒用循環ポンプ/吸水ポンプなど機械力によって取水をおこなっている施設です。

(6) 当研究グループはこれからも

  • 工学的に防げる「吸い込まれ事故」をゼロにする技術的ガイド(指針)の作成と公表
  • 既存プールへ実現可能な(予算と設計・施工)対策案を提案
  • 安全指針(文科省、国交省)の改訂を提案
  • 既存プールへのコンサルテティングの提供

などを目指して活動を続けたいと思います。

9 主要な参考資料

インターネットで入手出来る資料類です。

高層階からの転落事故事故

「手摺り乗り越え」イメージ
はじめに

  

マンション等の高層住宅からの幼児と子どもの転落事故が続発しています。高層階のベランダや窓から幼児子どもが転落すると重篤な事故(生命の危機が切迫している)あるいは死亡事故につながります。幼児がベランダに置かれた物品に乗り、あるいは足がかりを伝ってベランダの手摺りを乗り越えて落下した、あるいは窓枠から転落したものがほとんどです。最近の高層住宅は広いベランダにテーブルや椅子を置き解放された居住空間を楽しむという住まい方がひとつのトレンドになっているようです。高層階から落下すると致命的な事故になります。幼児の運動能力とベランダの手摺りの関係について調査研究しました。

 私達の調査研究は発生した事故にかかわった特定の個人や団体あるいは組織を非難することを目的としておりません。

1.事故の分析
東京消防庁が公表したデータがあります。年齢層別事故種別ごとの構成割合では、すべての年齢層において、「ころぶ」と「おちる」が高い割合を占めています。特に60歳くらいからはころぶが60%を超えています。 0歳から5歳(未就学児)においては、落ちる事故の発生数が2番目に多く、さらにはその84%が中等症以上、特に高層階からの転落では、死亡もしくは生命の危機がある重篤なものになることから落下事故を何とか防がなければなりません。 高層階からの転落事故のリスク(定義、危害の大きさと発生の確率の組み合わせ)は、とても大きいものです。従って発生確率が小さいからとして見過ごすあるいは過小評価してはなりません。


年齢別事故のタイプ

2011年から2013年までの3年聞に、65人がベランダや窓から落ちて受傷し、救急搬送されています。2013年は、過去3年で最も多い26人が搬送されました。

0歳から5歳児の転落年別救急搬送数

     0歳から5歳児の転落年別救急搬送数
転落事故は6月が最も多くなっています。窓を開放することと関連があるようです。

0歳から5歳児の転落年別救急搬送数

     月別の転落事故、0歳から5歳児、救急搬送数

年齢別では、2歳、3歳が最も多く多くなっています。この年齢は、好奇心が強まっていますが危険への判断力はまだありません。走る・飛び跳ねる・登る・ぶら下がるなどの動作がかなり可能である一方、持久力やバランス感覚等はまだまだ不十分な年齢です。

年齢別転落事故搬送者数

     年齢別の転落事故、0歳から5歳児、救急搬送数
落下事故の発生箇所は年齢によってかなり違います。2005年から2010年の東京消防庁データ(2010-07-22公表)を次に示します。
10歳のベランダからの転落事故が多いのは冒険心やふざけなどの要因が推測されます。

転落事故発生箇所と年齢
     転落事故発生箇所、年齢別、救急搬送数
学校における転落事故防止のために」というリーフレットが文部科学省から発行されています。わかりやすく解説されています。

2.転落事故はどんなときに起きているか

幼児の転落事故は幼児がひとりになったときに起きている例がほとんどです。
  • 昼寝しているので階下に行った
  • すぐに戻るつもりでゴミ出しに行った
  • 保護者は在宅であったが別の部屋にいて、幼児がひとりでベランダに出たのに気付けなかった。
こうした保護者が不在の時に幼児は保護者を探そうとして外を見ようとするのでしょうか。ベランダや窓下に足がかりになるものがあると幼児はそれに登ろうとします。例えば:

  • エアコンの室外機
  • 物干し台
  • 荷物(宅配便、食材配達ボックスなど)
  • イスやテーブル
  • 三輪車などのおもちゃ
  • 家庭ゴミなど
  • 植木鉢やプランター、ガーデニング用品
  • 木製の柵、など

特記:幼児が室内からベランダに幼児用の椅子などを持ち出す可能性も大いにあります。

小学生の転落事故は幼児と違って、好奇心や思いつきによる行動によって起きているといえます。「どうなるのかな」「ちょっとやってみよう」「このくらい平気だろう」という思いから、突発的に危険な行動を取ってしまいます。ほとんどの場合保護者や教師が不在のときに起きます。子ども同士で遊んでいるときや、学校の休み時間など大人が目を離した一瞬の隙に起きています。

3.幼児の運動能力と転落事故

  

幼児の転落事故は、ベランダや窓の手摺りを乗り越えて起きています。ベランダや窓には高さ1.1m以上のてすり(壁)、柵または金網が設置されていますので、それを幼児がどのように乗り越えるのか調べてみます。
4歳児の平均身長は99cm、手を上方に伸ばすと120cmです(下図 左)。従って床面から110cmの手摺りの上部(笠木という)に手が届きます。幼児は笠木に手をしっかり掛けて手すり面や腰壁に足の裏を着けて体を持ち上げます。腰壁につま先を引っかけることが出来るへこみがあれば更に容易になります。
最近のマンションでは腰壁(下図 右)の上部に手摺りを設置してある場合が多いようです。幼児は笠木に手を掛けて腰壁をよじ登ると腰壁の水平部分が幼児の足がかりとなりますから体を持ち上げることが出来ます。足がかりに立って階下を覗きます。幼児を支えてくれるのは低い手すり(その高さをT3とします)です。その結果、恐ろしいことがおきかねません。
手すり上端の床からの高さ(T1)が1.1m以上あることはもちろん必要ですが、身の軽い幼児が手すりを乗り越えて落下する事故を防ぐためには腰壁に登る足がかり、および手すりの天端(笠木)を乗り越えるときの足場となる足がかりが無い(8mmが上限と考えられている)、T3は十分な高さがある(90cmあればひとまず安心)ことなど、実際の構造が大事です。

4歳児と手摺りの高さ
     4歳児の寸法と手摺りの高さと乗り越え

ベランダに物が置いてある、あるいは窓際に家具が置いてある場合は、幼児はもっと簡単に乗り越えることができます。産業総合技術研究所デジタルヒューマン研究グループの研究によると、4歳児以上の幼児は65cmの台(箱)に全員登ることが出来ます。5歳児以上だと70cmの台にも登ります。台(箱)に登った幼児は50cm離れた柵を乗り越えることが出きます。身長が115cmの幼児であると水平距離60cm離れていてもほとんどが柵を乗り越えることができます。

4歳児と台によじ登り
     4歳児は65cmの台に登り手すりに乗り超えられる

柵や窓を乗り越える運動能力は、子ども計測ハンドブック(編集者:持丸正明、山中龍宏、西田佳史、河内まき子、朝倉書店、2013)に詳細に示されています。
4.建築基準法

  

手摺りの高さは建築基準法施行令第5章「避難施設等」の第126条で定められています。この部分は昭和25年(1950年)に制定された後もずっと改正されていません。昭和25年では高層マンションに生活する状況ではありませんので避難施設としての規定です。立位の人間が屋上広場やルーフバルコニーに不用意に寄りかかった場合の転落防止がその機能です。当時の身長を参考にして定めたと言われていますがその後成人の平均身長は1950年の160cmから172cmへと10cm以上伸びていますが1.1mは改訂されていません。そもそも1950年には現代のように高層住宅がなく、ベランダからの転落事故は想定されていないのです。
————————————————–
条文
(屋上広場等)
第百二十六条  屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが一・一メートル以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない。
2  建築物の五階以上の階を百貨店の売場の用途に供する場合においては、避難の用に供することができる屋上広場を設けなければならない。
————————————————–
施行令は手摺りの高さ以外の構造について定めていませんので、手すりの構造、例えば横さんの有無や縦さんの隙間などは建築主や設計者の裁量の範囲としていると考えられます。
そのことは、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めたもので、安全で使いやすい手摺りにすることは、設計者の裁量・判断にゆだねられているといえます。
建築基準法は「最低の基準」を定めるものですから、建築基準法に合っていることが十分に「安全」であることを担保していません。「安心」してはいけません。
4.1 建築基準法における、階段と廊下のてすり

 

建築基準法における階段、廊下、手すりの規定は、建築基準法施行令第23条で階段の寸法、第24条で階段の踊り場、第25条に手すりの規定がありますが、手すりの高さの寸法はありません。
4.2 住宅の品質確保の促進等に関する法律

 

(調査中です。後述の(財)ベターリビングの優良住宅部品認定基準を参照)
4.3 ベターリビングの優良住宅部品認定基準

 

(財)ベターリビングでは優良住宅部品評価基準としてBLE SR:2014を制定しています。http://www.cbl.or.jp/blsys/blnintei/pdf/ssr14.pdf 
その基準(BLSの表8)では、幼児・子どもがよじ登って足がかりになる可能性のある腰壁の高さ、あるいは窓台の高さを手すりの高さの基準寸法としています。手すりの高さの基本は床面から110cm以上で、足のかかる部分(足がかり)から手すりの高さは80cm以上とし、腰壁等あるいは窓台等が床面から65cmあれば足がかりとならないとしています。言い換えれば、幼児は高さ80cmの手すりは乗り越えない、65cmによじ登る事はないとしていると理解できます。65cmの台には4歳児(平均身長99cm)のほとんどがよじ登りますので、この数値が妥当とは思えません。見直しが必要ではないでしょうか。
4.4 労働安全衛生法

 

産業界では労働安全衛生法が手すりの高さ、建築現場などでの手すりの取付などを規定しています。多少の例外はありますが、労働現場の手すりの高さは90cmです。法律で手すりを設置するように規定されていても未だ取り付けられていない場所が残っている現場があったりします。足の長い(腰の位置が高い)世代には90cmでは不足かなと思われますが、ここでは労働安全衛生法の名称を紹介するに留めます。
5 対策

 

幼児の転落事故をどのように防止出来るか検討します。法的規制が不十分ではないか、建築の設計に必要な配慮が不足しているのではないかとの声も聞かれます。しかし現実に多くの人達が高層階に居住しています。落下事故は低層階でも同じようなリスクがあります。1階の窓から幼児が落下しても打ち所によっては重篤になります。何をすべきかなどを最初に述べましょう。つづいて設計と施工について検討します。
5.1 危険源とリスクアセスメント
どのような危険があるか、どのように対策すればよいか、その対策は十分か、等を調査し評価することをリスクアセスメントといいます。その評価に基づいてリスクを低減してゆきます。
(1) 対象者、関係者はだれであるかを考えます(特定します)。

  • 幼児、調査対象のマンションの部屋に居住している
  • 幼児、その部屋を訪問している、預けられているなどを含む。祖父母の住居に遊びに来ている場合も想定される
  • 保護者
  • お世話をする人
  • 訪問者

(2) 誤使用については考えません。幼児には誤使用の概念がないからです。
(3) 危険源について考えます。落下の危険源は重力によるものですからその原因となる重力を取り除くことは出来ません。そこで手すり、柵、壁などを設置して落下する場所から隔離(離れる)します。落下の危険からの隔離が出来ているでしょうか。以下は隔離の働きを低下させる恐れのあるものです。

  • 床面から手すりの上部までの高さ(T1)は1.1mより低い。
  • 腰壁がある場合、腰壁の上部(平面部)から手すりの上部までの高さ(T3)は90cmより低い。
  • 腰壁がある場合、腰壁の上部(平面部)は足がかりになって幼児がよじ登りやすくなっている。
  • 手すりの立て格子(手すり子)の隙間は11cmより広い箇所がある。
  • ベランダに物品を置いている。
  • ベランダに椅子、机、バーベキューセットがある。
  • ベランダに植木鉢、プランターなどがある。
  • ベランダに三輪車などおもちゃがありその上に乗ることができる。
  • ベランダに洗濯物干し台、干し器がある。
  • 玄関ドアの外側(外廊下)に物品や箱、例:宅急便の受け取り箱、食材配達通い箱、などを置いている。
  • 玄関ドアの外側(外廊下)に自転車、三輪車などがある。
  • 室内からベランダへ幼児の力で移動出来る家具、特に幼児用の椅子、がある。

(4) 手すりの建物筐体への固定、ボルト・ナット・小ねじの緩み、手すりの材料に腐食などは専門的な知識と経験がある場合にのみ点検調査してください。専門的知識がない場合は省略します。不安を感じるところがある場合は管理組合や管理人、あるいはオーナーなどに相談してください。

5.2 ベランダの利用の問題

 

ベランダから物品を片付けましょう。空調の室外機をベランダの床置きするとよじ登りの足がかりになります。ベランダの天井からつり下げ金具で固定するは有効です。移動出来る物品を撤去すること、ベランダ床に固定せざるを得ない品物・機器がある場合は手すりから水平距離 70cm以上離しましょう。
5.3 ベランダの窓を施錠する

 

ベランダに幼児が一人で出て行かないように施錠します。幼児はベランダへの出入り口となる窓を開閉出来ますから、補助錠を幼児の手の届かないサッシ上部の鴨居側につけるのが有効です。風通しが出来るようにサッシを少し(10cm以内)開いた状態で補助錠のロックをする方法も良いです。

ベランダ出入り口窓に補助錠
ベランダ出入り口窓の鴨居側(上部)に補助錠
5.4 ベランダの全面に面格子をはめる

 

最も徹底した隔離の方法はベランダの空間部分に面格子をはめることです。これは本質的な安全になります。眺望を損なう欠点もありますが全面が覆われますので幼児の落下事故もありません。高層住宅に住む東南アジアの人々は、ベランダを全面格子で覆っています。目的は泥棒・強盗対策です。
5.5 手すりに手を掛けて幼児の体が持ち上がらないようにする

 

手すりに幼児の手の指先がかからないことは、一定の効果があります。例えば手すり上部(笠木)幅が500mmあれば幼児は手がかりになる端(エッジ)に届きません。参考:4歳児の上肢長は402mm、5歳児は431mm、6歳児は479mm。さらに笠木の室外側が手がかりの無い楕円形で、笠木天端が内側に傾斜しているなど。
手すりの上部が内側に折れ曲がって傾斜していると手すり登りかけても室内側に体が傾くので登れません。お城の忍び返しのアイデアです。写真は新幹線京都駅プラットホームの例です。
安全柵 新幹線京都駅
手すりの上部を内側に傾けた安全手すり例、新幹線京都駅
手すり上部(笠木)が幼児の手の平よりずっと大きい円筒形の手すりは幼児が手すりを乗り越えないようにすることに有効です。写真は首都圏の私鉄駅で設置されている例です。
安全柵 青葉台駅
手すりの上部が円筒形の安全手すり例、首都圏私鉄駅
5.6 手すりから物品が地上に落下しないよう、させないようにする
対策例:手すりの上部(笠木天端)にものをおけないようにする。楕円形に膨らんでいる、内側に傾斜している、もしくはパイプ状である、など。
5.7 幼児を訓練してひとりでベランダに出ない,手すりに登らないようにする
教育訓練することは大切ですが、教えても理解しない、守れないのが幼児ですから効果は限定的と思わなければなりません。
6 法的規制への要望

 

建築基準法の墜落防止手すりは1箇所あり、建築基準法施行令第5章「避難施設等」の第126条は記述です。そして安全上の必要な高さを1.1m以上としています。現在の手すりは建築部品として製造・販売されていますので多種多様です。幼児子どもが乗り越えて転落する事故を防ぐ構造にせよなどのいわゆる性能規定が建築基準法に含まれても良いのではないでしょうか。高さ1.1mの手すりは、身の軽い幼児は簡単によじ登ります。腰壁の様な足がかりがあると簡単に乗り越えます。
7 安全設計

 

ベランダがなければベランダからの転落事故は起きません。少なくとも一定以上の高層住宅ではベランダを設置しないことが本質的な安全設計と考えられます。
また、特定の出入り箇所(掃き出し窓)では幼児が容易に出入りできないようにし、それ以外のベランダに面する窓をはめ込み窓にすることも考えられます。
ベランダ以外の窓(腰高窓)については、外に出る必要はないので、開口部のすきまを10cm程度にすることは可能です。実際、高層のオフィスビルなどでは、緊急脱出口以外の窓が開かない(はめ込み窓)ものも多くあります。

手すりについての研究論文は沢山あります。安全な手すりは法律、人間工学、幼児を含む人間の行動特性に加えて建築家の美的センス、嗜好などが多岐にわたって複雑に絡み合って設計、施工されているものです。
ベランダは室内というより戸外ですから解放された空間が望まれるのです。昨今の高層住宅ではベランダをどのようにうまく活用するかが注目され、モデルルームの展示などではその快適性が強くアピールされています。
危険の認識が出来ない幼児が生活する空間ではこの快適性が文字通りの落とし穴になるのです。
8 今後の研究
(1)ベランダは単なる物干し場ではなく、火災などの緊急時の避難経路としての位置づけがあるものもあります。転落以外の危険性も含めた総合的な安全性については専門的な立場からの研究もあると思われますが、子どもの安全の観点からの技術的な検討が必要と考えます。
(2)住宅は乳幼児が多くの時間を過ごす空間です。ベランダ以外にも、階段、浴槽、台所やそれらから隔離するためのベビーベッドなどでの事故例も多く報告されています。単に保護者(とくに母親)の注意不足でかたずけるのではなく、住宅や家具などの本質的な安全、安全な使い方や子どもが近づけない(手に触れない)方法などについての技術的な検討が必要と考えます。

当研究グループはこれからも子どもの安全に関する国際規格 ISO/IEC GUIDE 50が示す基本的な考えの普及と併せて幼児が乗り越えにくい手すりの構造や既存住居での実現可能な(予算と設計・施工)対策案を提案
などを目指して活動を続けたいと思います。

9 主要な参考資料

 

子どもの特性についての資料類です。

  • 子ども計測ハンドブック、持丸正明、他、2013、朝倉書店
  • 子どものからだ図鑑、キッズデザイン実践のためのデータブック、産総研デジタルヒューマン工学研究センター、他、2013、ワークスコーポレーション
  • 優良住宅部品評価基準 墜落防止手すり、BLE SR:2014、一般財団法人ベターリビング
  • 幼児の手すり柵の乗り越えによる墜落防止に関する実験研究と建築安全計画のための考察 -乳幼児の家庭内事故防止に関する研究 その2-、八藤後猛、ほか、日本建築学会計画系論文集、第572号、67-73、2003-10

 

インターネットで入手出来る資料類です。