foreword 序文

このキーワードのページは、国際規格 ISO/IEC GUIDE50:2014およびその翻訳であるJIS規格 Z8050:2016をお読みになる方々に多少なりとも理解の助けになればと準備したキーワードです。このキーワードは子どもの安全研究グループの理解や考え方を述べたものであり規格の一部ではありません。規格と併せて活用して頂ければ幸いです。内容はお断りなしに変更することがありますことご承知ください。
お問い合わせなどは子どもの安全研究グループにお願いいたします。

Foreword

「ガイド50」の原文ISO/IEC Guide 50 には冒頭にForeword というセクションがある。ここにはこの規格が改訂された背景、意義、内容など重要なことが書いてある。が、これの翻訳版であるJIS Z 8050にはこのセクションが省かれているのでここに要訳・解説する。なお、一般的なISO、IECの規格の作成ルールの部分についてはここでは省略する。
ISO/IEC Guide 50はISOの 消費者政策委員会COPOLCOとIECの安全諮問委員会ACOSの協同で準備された。この第3版は技術的な改訂を行い、第2版(2002年版)をキャンセルしてそれに置き換えたものである。

第2版からの主な変更は次の通り:
 ・タイトルと適用範囲Scope においてISO/IEC Guide 51との緊密な整合を図る
 ・ISO/IEC Guide 50は規格開発者のためのものであるが、他の利害関係者によっても使われることを明確
  に示す
 ・第5章は拡大して子どもの発達、行動と意図しない危害との関係を際立たせる
 ・新しい第7章は旧版に含まれていなかった新しいハザードを含む新しい構成とする
 ・新しく追加の第8章は保護方策Safeguardの適格性を扱う

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 なお、JIS Z 8050はForewordのことは載せていないが、規格票の最後に付けられている「解説」には、上記第3版の改訂にあたってCOPOLCO から下記の提言があったことを述べている。
a) 新製品などによる子どもの事故の増加
b) それに伴う子どもの安全に関する基準のグローバルレベルでの高まり
c) 障害者への配慮指針として、ISO/IEC Guide 71(規格におけるアクセシビリティ配慮のための指針)の
  改正に伴い、障がいのある子どもの安全に対する配慮をどうするべきかという課題への認識

【注】
 要は子どもの周囲で危険な「もの」が増えてきていることへどう対処するべきかという課題である。グローバル化する中で新しく市場に出回る「もの」が増えて来たことや、家庭にシュレッダーや医療機器が持ち込まれるなど子どもの置かれている環境が大きく変わっていることを配慮しなければならないという意図であろう。

傷害 injury (0.2 序文)

 傷害(又は怪我)injury には「意図しない傷害」unintentional injury と「意図された(故意の)傷害」intentional injuryの2種類ある。前者はこの「ガイド50」が対象とする一般的な子どもの傷害であり、子どもがある場合にある「もの」に関わったときに発生するものである。後者は虐め、脅迫、殺人、自殺など「(人の)意図がある傷害」であり、この「ガイド50」の範囲に含まない。(序文 0.2 The reason for this guide 0.3 Relevance of child safety 及び 第1章 適用範囲 1 Scope 参照)

 日本では子どもが死亡又は重傷を負うような事件は「事故」として報道される。しかしながら世界では子どもの安全を扱う場合「事故」accidentという言葉は使わない1)。「事故」accident は「思いがけない」「不幸な」「仕方がない」というニュアンスを含む言葉である。一方「傷害」injury は「予防できる」「制御できる」という意味で、子どもの重大な傷害を減らす努力を含む言葉であり、injuryを使うことになっている。子どもの傷害はほとんどが過去に多数の事例があり、原因もほとんどわかっていることの繰り返しであるため、それを分類し、原因を分析し、予防策を考え、制御することが出来る。ガイド50にはこの「傷害」injuryの事例の分析と、それをどのように予防し、制御するのかということが詳しく述べられている。なお、日本語の「事故」「傷害」という単語のニュアンスでは少し割り切れないところもある。重大な怪我の場合「傷害事故」という表現にすることもある。

「ガイド50」の初版(1987)では accident と injury を区別せず、ほとんど併記しているが、1990年代になって accident と injury の区別をする研究が進んで2)上記のような使い分けとなったと思われる。「ガイド50」の第2版(2002)以降はinjuryだけが使われている。第3版では事故 accidentは僅か4回使用で、例:4.5.2 serious accidents)、明らかに使い分けされている。

 厚労省の人口動態統計の死亡原因では「不慮の事故」として、全て「不慮」(思いがけない)であり、「事故」であるとして扱っている。これは死亡してしまった結果の統計であり、止むを得ないものであろう。なおこの統計では原因に意図があるなしに関わらず、また自然災害による死亡も含めている。

1)  山中龍宏 「子どもの事故による傷害(Injury)– その実態と予防へのアプローチ –」
   (平成21年 消費者安全に関する検討委員会製品ワーキンググループ資料より)
2)  JG Avery “Accident prevention ?injurycontrol–injury prevention?or whatever.
   (Injury prevention 1995 Mar; 1(1):10-11)

安全と探究心のバランス to balance safety with to explore (0.2 序文)

 たとえ転んでしまっても、将来の夢が奪われることのないように…

 「ガイド50」では序文0.2 「ガイド50の意義」のところで「(傷害の防止という課題において)重要な点は、安全性及び子どもが刺激的な環境を探索し学習する必要性とのバランスを取ることである。」と記載されている。また、 5「安全上の考慮事項:子どもの発達、行動及び不慮の危害」の 5.1.1「一般」の項では「安全への配慮は,子どもが自由に刺激的な環境を探索し学習しようとすることとリスクとの間で適切なバランスをとることが望ましい。」と記載されている。

 「事故による子どもの傷害」を予防するためには、子ども用製品はもちろん、子ども用に作られた製品以外のモノやサービスについても、子どもが事故によって亡くなったり、重大な傷害を負ったりすることのないよう、安全なものにする必要がある。

 「安全なもの」とはどのようなものだろうか?それは「許容可能な程度までリスクを低減させた状態のもの」ということであろう。たとえば公園遊具のひとつである「すべり台」で考えてみる。すべり台の登行部両側には手すりが付いているが、子ども、特に幼児はその手すりから不意に手を離して落下することがある。また、すべり台の出発部(踊り場部分)で子ども同士が押し合って落下する、ということもある。そのような場合も、落下面に緩衝材が設置されていれば、子どもの身体、特に脳に与える影響を小さくすることができる。

 しかし、すべり台から転落する事故が起きたらそのすべり台を撤去する、すべり台の高さをきわめて低くする、といった措置は、「安全でもおもしろくない遊び場」を生み出すことになってしまう。彼らの探求心や冒険心が彼らを成長させるということをあらためて理解し、過度に安全な製品や環境を提供することにならないよう注意しなければならない。

 ここに大人の安全とは違う子ども特有の「安全と探究心のバランス」という問題の意味がある。

 参考までに、子どもの遊び場の検討において、子どもが怪我をするリスクと子どもの遊びの意義(ベネフィット)をバランスさせて考える「リスク・ベネフィットアセスメント」という手法が提言されている文献を紹介したい。

 松野敬子「遊具の安全規準におけるリスクとハザードの定義に関する一考察」
  社会安全学研究 第3号 (2013.3)