マニュキュア除光液蒸気吸引による急性中毒

「マニュキュア除光液による中毒」イメージ
1. できごと
出典 1) 「幼児のマニキュア除光液による中毒」Injury Alert No.8 日本小児科学会雑誌
   2) 大島ら、臨床小児医学 53巻 5・6合併号 99-101(2005年)
1) 平成18年8月27日、札幌市の自宅
2) 自宅の8畳間で、母親が除光液で手足20本の爪からマニキュア落としをした際、そばの床に寝ていた生後2か月の男児がアセトン中毒になりました。マニキュア除去後に除光液臭が充満していることに母親は気づいていましたが換気はしませんでした。その後男児は嘔吐をくりかえし、その後の発生の約20時間後に入院し、経過良好で4日後に退院しました。
3) 「どうしたらこの事故の再発防止ができるか」の検討を 2.以降に記述します。
2. これまでの検討結果
2.1 事故の解析
1) 危険源:室内に充満したアセトン蒸気(を乳児が吸引する)
2) 多くの母親が塗料・接着剤などのシンナー、油絵具などの有機溶剤が、
   ①健康によくないことを知っている、
   ②気分が悪くなる、
   ③臭いを嫌う、
ことにより部屋を換気することで自分と乳児の中毒の危険を未然に防止しています。しかし、換気しなかったこの事例に対して「不注意な母親」とか「換気するのが常識でしょう」と非難することではこの事故を防止できません。
2.2 危険源であるアセトンの危険性の調査
1) 労働安全法規:
①労働安全衛生法 有機溶剤中毒予防規則では第2種有機溶剤に定められ、作業場の換気装置などが義務づけられています、
②日本産業衛生学会の許容濃度勧告値は200ppmです。(比較例:トルエン100ppm、エタノール1000ppm)
2) 化粧品としての規制:なし
2.3 市販除光液の調査
  
1) 除光液成分分析:除光液は他の化粧品と同じく、超高級品から100円ショップ商品まで様々な価格帯の商品がありますが、商品ラベルによればほとんどの商品がアセトン-水系です。前述の事例で事故をおこした商品を含み5商品を分析した結果、アセトン含量は63~84%であり、ブランド、価格によるアセトン含量に大きな差はありませんでした。
2) ノンアセトン商品の評価:酢酸エチルを有効成分とした商品も市販されていますが、安全性データの比較では、酢酸エチルはアセトンより危害性が低いとはいえません。
2.4 除光液の使用量の測定
1) 52人のパネラー(協力者)により一定の手順でマニキュア落としを各3回(1回に指10本)実施し、使用した除光液重量を測定して、失念したデータを除いて計149の使用量データが得られました。その結果、平均値12.2g/回、中央値11.5g/回であり、6.5g/回~19.5g/回の間に80%のデータが入ることが判明しました。そのグラフを次に示します。
除光液使用量のグラフ 2) 密閉した8畳間で使用した除光液がすべて蒸発したときの室内のアセトン蒸気の平均濃度(計算値)は、使用量が中央値11.5gのときは163ppmであり、使用量の上位29% が上記許容濃度勧告値200ppm 以上でした。許容濃度勧告値と乳児が中毒するアセトン蒸気濃度との関連は不明ですが、アセトン蒸気の密度は空気の約2倍であり、アセトン蒸気は床面近くに滞留して平均濃度より高い濃度となるので「危険である可能性は無視できない」と推定されます。
2.5 商品の危害性と注意事項の表示
1) アメリカの動き:アメリカ製の除光液には「Danger: harmful if taken internally. Keep out of reach of children」などの注意事項を表示しています。
2) 日本の動き:現在は日本製の除光液にはアメリカ製の商品のような中毒防止の表示はありません。日本化粧品工業連合会の「コスメチックレポート」No.200 2011/秋・冬 p20では下記のレポートを記載して会員に注意喚起をしております。

化粧品工業連合会の記事 また日本化粧品工業連合会のホームページ
化粧品工業連合会のホームページ
にもアップされています。
3) 他の市販家庭用品では、スプレー缶、消臭・除菌用商品には「吸い込まない」、「換気」の注意やマークを表示しています。化粧品の除光液についても「吸い込まない」、「換気」への注意や警告の表示が必要であると私たちは考えます。

2.6 アセトンの蒸発の少ないジェルリムーバー
ジェル状の除光液があります。ジェル状のリムーバーを爪に塗って約10秒後に水で洗い落とすことでアセトン蒸気の発生量をすくなくすることができます。通販で市販されていますが、グラム単価が約40倍ですので解決にはなりにくいと考えます。
3. 今後の検討項目
1) マニキュア落とし時のアセトン蒸気濃度の実測:乳児が寝ていた床上ではアセトン蒸気濃度は上記の数~数十倍になることが予想されます。
2) 危害予防策の検討:本質安全・防護による安全・使用上の情報の3ステップにより検討します。企業の場合は社内訓練・職場実践のPDCA実施により防護策の徹底が可能ですが、家庭用品の使用場面では危害予防策が有効に機能するための工夫が必要です。
4. Follow-up報告
ここに述べた報告が、日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会にて取り上げられて、
InjuryAlert(傷害注意速報)Follow-up報告 No.2
に掲載されました。