- はじめに
- マンション等の高層住宅からの幼児と子どもの転落事故が続発しています。高層階のベランダや窓から幼児子どもが転落すると重篤な事故(生命の危機が切迫している)あるいは死亡事故につながります。幼児がベランダに置かれた物品に乗り、あるいは足がかりを伝ってベランダの手摺りを乗り越えて落下した、あるいは窓枠から転落したものがほとんどです。最近の高層住宅は広いベランダにテーブルや椅子を置き解放された居住空間を楽しむという住まい方がひとつのトレンドになっているようです。高層階から落下すると致命的な事故になります。幼児の運動能力とベランダの手摺りの関係について調査研究しました。
私達の調査研究は発生した事故にかかわった特定の個人や団体あるいは組織を非難することを目的としておりません。
- 1.事故の分析
- 東京消防庁が公表したデータがあります。年齢層別事故種別ごとの構成割合では、すべての年齢層において、「ころぶ」と「おちる」が高い割合を占めています。特に60歳くらいからはころぶが60%を超えています。 0歳から5歳(未就学児)においては、落ちる事故の発生数が2番目に多く、さらにはその84%が中等症以上、特に高層階からの転落では、死亡もしくは生命の危機がある重篤なものになることから落下事故を何とか防がなければなりません。 高層階からの転落事故のリスク(定義、危害の大きさと発生の確率の組み合わせ)は、とても大きいものです。従って発生確率が小さいからとして見過ごすあるいは過小評価してはなりません。
- 0歳から5歳児の転落年別救急搬送数
- 転落事故は6月が最も多くなっています。窓を開放することと関連があるようです。
- 月別の転落事故、0歳から5歳児、救急搬送数
- 年齢別の転落事故、0歳から5歳児、救急搬送数
- 落下事故の発生箇所は年齢によってかなり違います。2005年から2010年の東京消防庁データ(2010-07-22公表)を次に示します。
10歳のベランダからの転落事故が多いのは冒険心やふざけなどの要因が推測されます。 - 2.転落事故はどんなときに起きているか
- 幼児の転落事故は幼児がひとりになったときに起きている例がほとんどです。
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- 昼寝しているので階下に行った
- すぐに戻るつもりでゴミ出しに行った
- 保護者は在宅であったが別の部屋にいて、幼児がひとりでベランダに出たのに気付けなかった。
- こうした保護者が不在の時に幼児は保護者を探そうとして外を見ようとするのでしょうか。ベランダや窓下に足がかりになるものがあると幼児はそれに登ろうとします。例えば:
- エアコンの室外機
- 物干し台
- 荷物(宅配便、食材配達ボックスなど)
- イスやテーブル
- 三輪車などのおもちゃ
- 家庭ゴミなど
- 植木鉢やプランター、ガーデニング用品
- 木製の柵、など
特記:幼児が室内からベランダに幼児用の椅子などを持ち出す可能性も大いにあります。
- 小学生の転落事故は幼児と違って、好奇心や思いつきによる行動によって起きているといえます。「どうなるのかな」「ちょっとやってみよう」「このくらい平気だろう」という思いから、突発的に危険な行動を取ってしまいます。ほとんどの場合保護者や教師が不在のときに起きます。子ども同士で遊んでいるときや、学校の休み時間など大人が目を離した一瞬の隙に起きています。
- 3.幼児の運動能力と転落事故
- 幼児の転落事故は、ベランダや窓の手摺りを乗り越えて起きています。ベランダや窓には高さ1.1m以上のてすり(壁)、柵または金網が設置されていますので、それを幼児がどのように乗り越えるのか調べてみます。
4歳児の平均身長は99cm、手を上方に伸ばすと120cmです(下図 左)。従って床面から110cmの手摺りの上部(笠木という)に手が届きます。幼児は笠木に手をしっかり掛けて手すり面や腰壁に足の裏を着けて体を持ち上げます。腰壁につま先を引っかけることが出来るへこみがあれば更に容易になります。
最近のマンションでは腰壁(下図 右)の上部に手摺りを設置してある場合が多いようです。幼児は笠木に手を掛けて腰壁をよじ登ると腰壁の水平部分が幼児の足がかりとなりますから体を持ち上げることが出来ます。足がかりに立って階下を覗きます。幼児を支えてくれるのは低い手すり(その高さをT3とします)です。その結果、恐ろしいことがおきかねません。
手すり上端の床からの高さ(T1)が1.1m以上あることはもちろん必要ですが、身の軽い幼児が手すりを乗り越えて落下する事故を防ぐためには腰壁に登る足がかり、および手すりの天端(笠木)を乗り越えるときの足場となる足がかりが無い(8mmが上限と考えられている)、T3は十分な高さがある(90cmあればひとまず安心)ことなど、実際の構造が大事です。
4歳児の寸法と手摺りの高さと乗り越えベランダに物が置いてある、あるいは窓際に家具が置いてある場合は、幼児はもっと簡単に乗り越えることができます。産業総合技術研究所デジタルヒューマン研究グループの研究によると、4歳児以上の幼児は65cmの台(箱)に全員登ることが出来ます。5歳児以上だと70cmの台にも登ります。台(箱)に登った幼児は50cm離れた柵を乗り越えることが出きます。身長が115cmの幼児であると水平距離60cm離れていてもほとんどが柵を乗り越えることができます。
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4歳児は65cmの台に登り手すりに乗り超えられる - 柵や窓を乗り越える運動能力は、子ども計測ハンドブック(編集者:持丸正明、山中龍宏、西田佳史、河内まき子、朝倉書店、2013)に詳細に示されています。
- 4.建築基準法
- 手摺りの高さは建築基準法施行令第5章「避難施設等」の第126条で定められています。この部分は昭和25年(1950年)に制定された後もずっと改正されていません。昭和25年では高層マンションに生活する状況ではありませんので避難施設としての規定です。立位の人間が屋上広場やルーフバルコニーに不用意に寄りかかった場合の転落防止がその機能です。当時の身長を参考にして定めたと言われていますがその後成人の平均身長は1950年の160cmから172cmへと10cm以上伸びていますが1.1mは改訂されていません。そもそも1950年には現代のように高層住宅がなく、ベランダからの転落事故は想定されていないのです。
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条文
(屋上広場等)
第百二十六条 屋上広場又は二階以上の階にあるバルコニーその他これに類するものの周囲には、安全上必要な高さが一・一メートル以上の手すり壁、さく又は金網を設けなければならない。
2 建築物の五階以上の階を百貨店の売場の用途に供する場合においては、避難の用に供することができる屋上広場を設けなければならない。
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施行令は手摺りの高さ以外の構造について定めていませんので、手すりの構造、例えば横さんの有無や縦さんの隙間などは建築主や設計者の裁量の範囲としていると考えられます。
そのことは、建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めたもので、安全で使いやすい手摺りにすることは、設計者の裁量・判断にゆだねられているといえます。
建築基準法は「最低の基準」を定めるものですから、建築基準法に合っていることが十分に「安全」であることを担保していません。「安心」してはいけません。 - 4.1 建築基準法における、階段と廊下のてすり
- 建築基準法における階段、廊下、手すりの規定は、建築基準法施行令第23条で階段の寸法、第24条で階段の踊り場、第25条に手すりの規定がありますが、手すりの高さの寸法はありません。
- 4.2 住宅の品質確保の促進等に関する法律
- (調査中です。後述の(財)ベターリビングの優良住宅部品認定基準を参照)
- 4.3 ベターリビングの優良住宅部品認定基準
- (財)ベターリビングでは優良住宅部品評価基準としてBLE SR:2014を制定しています。http://www.cbl.or.jp/blsys/blnintei/pdf/ssr14.pdf
その基準(BLSの表8)では、幼児・子どもがよじ登って足がかりになる可能性のある腰壁の高さ、あるいは窓台の高さを手すりの高さの基準寸法としています。手すりの高さの基本は床面から110cm以上で、足のかかる部分(足がかり)から手すりの高さは80cm以上とし、腰壁等あるいは窓台等が床面から65cmあれば足がかりとならないとしています。言い換えれば、幼児は高さ80cmの手すりは乗り越えない、65cmによじ登る事はないとしていると理解できます。65cmの台には4歳児(平均身長99cm)のほとんどがよじ登りますので、この数値が妥当とは思えません。見直しが必要ではないでしょうか。 - 4.4 労働安全衛生法
- 産業界では労働安全衛生法が手すりの高さ、建築現場などでの手すりの取付などを規定しています。多少の例外はありますが、労働現場の手すりの高さは90cmです。法律で手すりを設置するように規定されていても未だ取り付けられていない場所が残っている現場があったりします。足の長い(腰の位置が高い)世代には90cmでは不足かなと思われますが、ここでは労働安全衛生法の名称を紹介するに留めます。
- 5 対策
- 幼児の転落事故をどのように防止出来るか検討します。法的規制が不十分ではないか、建築の設計に必要な配慮が不足しているのではないかとの声も聞かれます。しかし現実に多くの人達が高層階に居住しています。落下事故は低層階でも同じようなリスクがあります。1階の窓から幼児が落下しても打ち所によっては重篤になります。何をすべきかなどを最初に述べましょう。つづいて設計と施工について検討します。
- 5.1 危険源とリスクアセスメント
- どのような危険があるか、どのように対策すればよいか、その対策は十分か、等を調査し評価することをリスクアセスメントといいます。その評価に基づいてリスクを低減してゆきます。
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(1) 対象者、関係者はだれであるかを考えます(特定します)。
- 幼児、調査対象のマンションの部屋に居住している
- 幼児、その部屋を訪問している、預けられているなどを含む。祖父母の住居に遊びに来ている場合も想定される
- 保護者
- お世話をする人
- 訪問者
(2) 誤使用については考えません。幼児には誤使用の概念がないからです。
(3) 危険源について考えます。落下の危険源は重力によるものですからその原因となる重力を取り除くことは出来ません。そこで手すり、柵、壁などを設置して落下する場所から隔離(離れる)します。落下の危険からの隔離が出来ているでしょうか。以下は隔離の働きを低下させる恐れのあるものです。- 床面から手すりの上部までの高さ(T1)は1.1mより低い。
- 腰壁がある場合、腰壁の上部(平面部)から手すりの上部までの高さ(T3)は90cmより低い。
- 腰壁がある場合、腰壁の上部(平面部)は足がかりになって幼児がよじ登りやすくなっている。
- 手すりの立て格子(手すり子)の隙間は11cmより広い箇所がある。
- ベランダに物品を置いている。
- ベランダに椅子、机、バーベキューセットがある。
- ベランダに植木鉢、プランターなどがある。
- ベランダに三輪車などおもちゃがありその上に乗ることができる。
- ベランダに洗濯物干し台、干し器がある。
- 玄関ドアの外側(外廊下)に物品や箱、例:宅急便の受け取り箱、食材配達通い箱、などを置いている。
- 玄関ドアの外側(外廊下)に自転車、三輪車などがある。
- 室内からベランダへ幼児の力で移動出来る家具、特に幼児用の椅子、がある。
(4) 手すりの建物筐体への固定、ボルト・ナット・小ねじの緩み、手すりの材料に腐食などは専門的な知識と経験がある場合にのみ点検調査してください。専門的知識がない場合は省略します。不安を感じるところがある場合は管理組合や管理人、あるいはオーナーなどに相談してください。
- 5.2 ベランダの利用の問題
- ベランダから物品を片付けましょう。空調の室外機をベランダの床置きするとよじ登りの足がかりになります。ベランダの天井からつり下げ金具で固定するは有効です。移動出来る物品を撤去すること、ベランダ床に固定せざるを得ない品物・機器がある場合は手すりから水平距離 70cm以上離しましょう。
- 5.3 ベランダの窓を施錠する
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ベランダに幼児が一人で出て行かないように施錠します。幼児はベランダへの出入り口となる窓を開閉出来ますから、補助錠を幼児の手の届かないサッシ上部の鴨居側につけるのが有効です。風通しが出来るようにサッシを少し(10cm以内)開いた状態で補助錠のロックをする方法も良いです。
ベランダ出入り口窓の鴨居側(上部)に補助錠 - 5.4 ベランダの全面に面格子をはめる
- 最も徹底した隔離の方法はベランダの空間部分に面格子をはめることです。これは本質的な安全になります。眺望を損なう欠点もありますが全面が覆われますので幼児の落下事故もありません。高層住宅に住む東南アジアの人々は、ベランダを全面格子で覆っています。目的は泥棒・強盗対策です。
- 5.5 手すりに手を掛けて幼児の体が持ち上がらないようにする
- 手すりに幼児の手の指先がかからないことは、一定の効果があります。例えば手すり上部(笠木)幅が500mmあれば幼児は手がかりになる端(エッジ)に届きません。参考:4歳児の上肢長は402mm、5歳児は431mm、6歳児は479mm。さらに笠木の室外側が手がかりの無い楕円形で、笠木天端が内側に傾斜しているなど。
手すりの上部が内側に折れ曲がって傾斜していると手すり登りかけても室内側に体が傾くので登れません。お城の忍び返しのアイデアです。写真は新幹線京都駅プラットホームの例です。 -
手すりの上部を内側に傾けた安全手すり例、新幹線京都駅 - 手すり上部(笠木)が幼児の手の平よりずっと大きい円筒形の手すりは幼児が手すりを乗り越えないようにすることに有効です。写真は首都圏の私鉄駅で設置されている例です。
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手すりの上部が円筒形の安全手すり例、首都圏私鉄駅 - 5.6 手すりから物品が地上に落下しないよう、させないようにする
- 対策例:手すりの上部(笠木天端)にものをおけないようにする。楕円形に膨らんでいる、内側に傾斜している、もしくはパイプ状である、など。
- 5.7 幼児を訓練してひとりでベランダに出ない,手すりに登らないようにする
- 教育訓練することは大切ですが、教えても理解しない、守れないのが幼児ですから効果は限定的と思わなければなりません。
- 6 法的規制への要望
- 建築基準法の墜落防止手すりは1箇所あり、建築基準法施行令第5章「避難施設等」の第126条は記述です。そして安全上の必要な高さを1.1m以上としています。現在の手すりは建築部品として製造・販売されていますので多種多様です。幼児子どもが乗り越えて転落する事故を防ぐ構造にせよなどのいわゆる性能規定が建築基準法に含まれても良いのではないでしょうか。高さ1.1mの手すりは、身の軽い幼児は簡単によじ登ります。腰壁の様な足がかりがあると簡単に乗り越えます。
- 7 安全設計
- ベランダがなければベランダからの転落事故は起きません。少なくとも一定以上の高層住宅ではベランダを設置しないことが本質的な安全設計と考えられます。
また、特定の出入り箇所(掃き出し窓)では幼児が容易に出入りできないようにし、それ以外のベランダに面する窓をはめ込み窓にすることも考えられます。
ベランダ以外の窓(腰高窓)については、外に出る必要はないので、開口部のすきまを10cm程度にすることは可能です。実際、高層のオフィスビルなどでは、緊急脱出口以外の窓が開かない(はめ込み窓)ものも多くあります。
手すりについての研究論文は沢山あります。安全な手すりは法律、人間工学、幼児を含む人間の行動特性に加えて建築家の美的センス、嗜好などが多岐にわたって複雑に絡み合って設計、施工されているものです。
ベランダは室内というより戸外ですから解放された空間が望まれるのです。昨今の高層住宅ではベランダをどのようにうまく活用するかが注目され、モデルルームの展示などではその快適性が強くアピールされています。
危険の認識が出来ない幼児が生活する空間ではこの快適性が文字通りの落とし穴になるのです。 - 8 今後の研究
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(1)ベランダは単なる物干し場ではなく、火災などの緊急時の避難経路としての位置づけがあるものもあります。転落以外の危険性も含めた総合的な安全性については専門的な立場からの研究もあると思われますが、子どもの安全の観点からの技術的な検討が必要と考えます。
(2)住宅は乳幼児が多くの時間を過ごす空間です。ベランダ以外にも、階段、浴槽、台所やそれらから隔離するためのベビーベッドなどでの事故例も多く報告されています。単に保護者(とくに母親)の注意不足でかたずけるのではなく、住宅や家具などの本質的な安全、安全な使い方や子どもが近づけない(手に触れない)方法などについての技術的な検討が必要と考えます。当研究グループはこれからも子どもの安全に関する国際規格 ISO/IEC GUIDE 50が示す基本的な考えの普及と併せて幼児が乗り越えにくい手すりの構造や既存住居での実現可能な(予算と設計・施工)対策案を提案
などを目指して活動を続けたいと思います。 - 9 主要な参考資料
- 子どもの特性についての資料類です。
- 子ども計測ハンドブック、持丸正明、他、2013、朝倉書店
- 子どものからだ図鑑、キッズデザイン実践のためのデータブック、産総研デジタルヒューマン工学研究センター、他、2013、ワークスコーポレーション
- 優良住宅部品評価基準 墜落防止手すり、BLE SR:2014、一般財団法人ベターリビング
- 幼児の手すり柵の乗り越えによる墜落防止に関する実験研究と建築安全計画のための考察 -乳幼児の家庭内事故防止に関する研究 その2-、八藤後猛、ほか、日本建築学会計画系論文集、第572号、67-73、2003-10
- インターネットで入手出来る資料類です。
2011年から2013年までの3年聞に、65人がベランダや窓から落ちて受傷し、救急搬送されています。2013年は、過去3年で最も多い26人が搬送されました。
年齢別では、2歳、3歳が最も多く多くなっています。この年齢は、好奇心が強まっていますが危険への判断力はまだありません。走る・飛び跳ねる・登る・ぶら下がるなどの動作がかなり可能である一方、持久力やバランス感覚等はまだまだ不十分な年齢です。
転落事故発生箇所、年齢別、救急搬送数
「学校における転落事故防止のために」というリーフレットが文部科学省から発行されています。わかりやすく解説されています。