プール、水遊びの事故

さいたま市緑区の保育所プール事故へのさいたま市報告書への疑問点

2017年8月24日午後3時半過ぎに、さいたま市緑区の私立認可保育所「めだか保育園」の女児(当時4)1人がプールで浮かんでいるのが発見され、意識不明の重体で病院に搬送されたが、翌25日早朝に死亡した事故についての事故検証報告書(以下、「報告書」という。)がさいたま市より2018年5月24日に公表された。
http://www.city.saitama.jp/006/008/002/012/004/010/p056599_d/fil/kensyohokoku.pdf

 事故が起きたプールは、保護者会と園との共同の手造りの約6mx4.7m、水深0.66mのもので、事故時には3歳児、4歳児、5歳児合わせて20人が入っていた。監視に保育士2人が当たっていたが、報告書によると園児を水中に残したままプールの滑り台(高さ2.0m、斜路4.05m、幅0.4m)を保育士2人が取り外し作業を行い、保育士が園児から目を離した15時36分から約1分から2分の間の出来事であったという。
 報告書では、さいたま市社会福祉審議会特定教育・保育施設等重大事故検証専門分科会(以下、「委員会」という。)の弁護士、保育所運営側委員、幼稚園運営側委員、看護学教員、医師の5人の委員により詳細な調査結果および8件の課題・提言が行われている。保育園あるいは幼稚園の運営面から良く記述されており皆様にもお読みいただきたい。
 他方、私ども「子どもの安全研究グループ」は技術士の集まりである事もあって技術的な関心が強い。報告書から読み切れない事柄、述べられていないこともあると思えるし、また疑問もあるので、それらを本会WEBサイトに掲載することとした。子どもの安全に取り組んでいる方々と共有出来れば幸いである。

疑問点1 プールの構造
 事故の起きたプール(以下、「プール」という。)は、園庭に木製の杭を打ち、コンパネ(コンクリート型枠用防水合板)でプール壁を造り、プールの底に10cm厚のウレタンフォームを敷き、内側に箱状に縫製された青色の防水シート(5.7m x 4.6m x 0.8m、折り返し0.2m)を張ったものである。この寸法はプール内寸である。プール給水は足洗い場の水道栓蛇口2箇所からホースで、排水は110L/m、揚程3.8mの投げ込み式水中ポンプで行う。このプールは10年前に製作され、夏期のあいだだけ組立・設置されるもので事故発生当日の午後から解体予定であった。

プール写真1(産経新聞)
http://www.sankei.com/images/news/170825/afr1708250006-p1.jpg

写真1 事故のあったプール、手前に滑り台の滑走面(白色ハーフパイプ)、右上に滑り台踊り場(黄色)、足洗い場から2本の給水パイプとシャワーヘッド、足洗い場とプールの間にプールサイドの役割の台がある。


写真2 保育園とその園庭、GoogleMapより。方位は上方が真北である。


図1プール概略寸法図、報告書より。方位は図の左上隅が北、右下隅が南である。

(1)プール底面の滑り易さへの疑問
 防水シートの表面に滑り止めのドット(つぶつぶ)がある(写真3)。ドット(つぶつぶ)は、ピッチ約1mm、高さ0.2mm程度であり堅い床にシートを敷きその上を歩行するときにある程度の滑り止め効果が期待出来るが、プールでは防水シート破損保護のために10cm厚のウレタンフォームを下地として園庭に敷き詰め、その上に箱状に縫製された防水シートを置き、数十cmの深さに水を入れているので、園児がプール内を移動しようとすると、ウレタンフォームのため反発が減少するので滑り止め効果は期待出来ないと推測される。タイル張り、コンクリート製の底面より比較にならぬほど滑り易く、滑り止め効果は疑問である。
 報告書10ページでは、安全措置の項に「滑り止め措置とし、ブルーシートの下にキャンプ用マットを敷き詰める(手すりなし、腰掛等なし、床面は傾斜)」とあり、さらに18ページの【課題5】では「園児の体重が掛かり沈み込むことを利用した滑り止めとしていた」と保育園の説明を示す一方【提言5】で「子どもに掛かる浮力も考慮した滑り止めの措置」を設けるべきであると述べている。

 プール底面の滑り止めは、園児が自らの命を守るための最重要な安全策であることから、委員会は具体的に検証を行い報告書にてその重要性を発信されることを強く望むものである。手製のプールについては国による基準や規制がないならば報告書作成の委員会が自らリスクアセスメントを実施されるべきではなかったろうか。


写真3 防水シートの滑り止めドット(つぶつぶ)、類似品より


図2 プール底面、ウレタンフォーム下地、防水シート

(2)手すり、階段など転倒防止設備不備への疑問。
 プールから出入りするための階段、踏み台、スロープなどの設置は無く、プールの内側にも園児がつかまるための手すりは無い。写真4。唯一防水シートを被せられたコンパネの端面(プールの縁)に手を掛けることが出来るだけである。コンパネの地面からの高さは場所により多少の違いはあるが約90cmである。プール内の園児が体を支える手すりや手がかり、出入りのための階段やスロープなど、園児が自らの命を守るための最重要な安全方策が不足していることに大きな疑問がある。

http://www.sankei.com/images/news/170825/afr1708250006-p2.jpg

写真4 プールの縁

(3)水質の管理と測定・記録がなされていないことへの疑問。
 プール水には水道水を利用し毎日入れ替えるからとしてプール水の消毒装置、循環装置を設置はなく、水質や水温の測定や記録はない。塩素濃度や水温を含む水質の管理と測定・記録をも行っていないことは、園児用にプールを設置している保育園の重大な手落ちではなかろうか。

(4)シャワー設備への疑問。
 プールと園舎の間の2箇所に足洗い場の水道栓の一つがシャワーであり他に3つの蛇口がある。写真1,写真4。シャワー設備・足洗場は園庭の外側にある道路から覗くことが出来る位置にある。写真2。園児は男女ともプール遊びの時に水着を着用ではなく下着パンツをはいているのみであるから配慮が必要である。報告書には、これに関連した記述は無い。

(5)プールサイズへの疑問。
 3歳、4歳、5歳児が使用する保育園のプールとしては5.7m x 4.6m x 0.8mは大きすぎ、深すぎるといえる。プールの浅い箇所は24cm、深い箇所は66cmであった。遊びに夢中になっている園児は水深がいつの間にか深くなっていることに気づかぬこともある。単純計算でプール底面平均斜度は5°である。プールの大きさ、深さ、斜度はプール底面の滑りやすさを鑑みると保育園のプールには不適切であると思われる。

疑問点2 溺れている子がいなかったとの記述への疑問。
 報告書のページ8に15時36分と15時37分に溺れている子はいなかったと記述がある。溺れている子どもがいなかったことをどのように確認したのか、20人の園児の頭数を数えたかどうかなどは述べられていない。注目すべきは、園児達を水から出さず、プール内に入れたままであった。前述のようにプール出入りの階段がないのでプールにのこしておいたのであろうか。
 遊泳プールや海岸の遊泳場などでは、遊泳者などが異常な動作、例えば水面を浮き沈みしている、水面でもがいている、動かない子がいる、などを監視員が目視により発見して事故の早期発見を行い救助に向かうことをおこなう。水面下に沈んだ人に気づいて救助に向かうことは希である。それは水中あるいは水底に沈んでいる人は見つけ難いからである。
 例えば園児が足を滑らせるとあっという間に水中に没することはよく知られている。監視者は、水面上の異常な動作は発見出来る可能性は十分あるが、あっという間に没して浮かび上がってこない園児を見つけることは極めて困難である。そこで学校プールでは、色分けした水泳帽を子ども達に被らせて頭数(人数)を数える。トライアスロン競技のように水泳帽に大きく番号を付けることはとても有効な方策である。本件の事故が発生したときには、3歳児6人、4歳児5人、5歳児9人の計20人がプールに入っていたが全て無帽であった。プールの中にいる目印の無い園児20人の頭数確認を行う事は困難である。
 報告書にある「溺れている子はいなかった」の記述は、監視者は「異常な行動をしている園児を視認していない。」が適当なのではなかろうか。保育園の説明を鵜呑みにしたように思える記述を報告書の記述とすることは理解に苦しむところである。色分けした水泳帽を被らせていない、頭数の確認をいかに行ったかなどを明らかにするべきと考える。

疑問点3 水面の反射で水面下が見えない監視位置にいたことへの疑問
 8月24日午後3時30分の太陽高度は約33.37度、太陽方位は258.83°で太陽はほぼ真西にある(保育園の緯度:35.9°、経度:139.7°より計算)。従って太陽光はプール水面に33°の角度で水面に入射するので、水面の反射(フレネル反射のこと)も大きく、静水ではフレネル反射率は80%になり、プールの水面の乱反射により相当減衰するとしても依然強烈な反射光がある。図3参照。報告書ページ7にプールの寸法図に実際の東西南北を重ねると、2人の保育士は太陽光が水面で反射してくるプールの東側で監視していたことが示されている。そもそも水面下は水上から監視し難いに加えて、太陽光の水面での強烈な反射が加わり水面下の監視が出来ていなかった状態であるといえる。監視の任に当たる保育士は太陽光を背にする位置で監視に当たるべきであった。即ち、報告書8ページ、9ページに示される位置は監視に不適切な位置である。報告書ではこれらの記述が無い。


図3 水面の反射

疑問点4 防犯カメラの映像の検証が無い事への疑問。
 事故直後の新聞などメディアでは、8月24日午後3時29分に女児が泳いでいる姿が防犯カメラの映像に映っていたと報じていた。保育園の園長も記者会見で説明している。例:20170826防犯カメラ映像_日経新聞。しかし報告書では一切触れられていない。防犯カメラの映像が事故原因の解明に大いに役立つと期待されていただけに報告書が何も述べないのは極めて不自然でかつ残念である。

疑問点5 保育園が記者会見、父母会、取材などでの説明と報告書との差異への疑問。
 保育園は溺れたのは15時36分から15時38分の30秒から1分の間と記者会や父母説明会、いろいろな取材で説明しているが、報告書ではプールに浮き上がった時の時刻15時38分を述べているだけである。もし監視者が園児から目を離した1分間で幼児が心拍停止、呼吸停止になり、死に至ることが本当に起こりうるとしたら、幼児・子どものプール利用に対する備えは従来とは違うものが必要にあるであろう。そうした見地からも1分間であったかどうかの検証はとても重要である。なぜなら溺れてから5分以内であれば生存できるからと保育などの現場はそれに合わせた体制をとっているからである。

まとめ
 報告書の作成は警察の捜査中に行われているために多くの困難があったことと推察されるが、同様な痛ましい事故を繰り返さないために、明らかになったこと、公表できないこと、調査したが結論が出せないこと、などに区分して報告書に示していただければ大変ありがたい。
 報告書は、5人の委員及び事務局(行政)により作成されているが、子どもを預ける側の委員(消費者)の参加がないこと、技術分野の専門家の参加がないことを最後に指摘したい。まことに残念である。2018-06-30追記
 プール事故は、先ず施設(ハード)面で事故の予防を行う事が優先する。人に頼る安全はどうしても間違いが生じる。こうした委員会を立ち上げるときには消費者および技術分野の専門家を委員に加えていただきたいと強くお願いして本稿を終わりたい。

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以上